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カテゴリ:医療・福祉・対人支援( 93 )

安心感のある在宅支援を思い描く

今、ケアマネ実務者研修の真っ最中だが、利用者さんや彼らを支えるご家族たちが、

不自由があってもそれをあまり意識することなく、在宅生活を送れるよう支援すること、

               ・

それが、個人的に考える、在宅支援の究極の目標になるんじゃないかなと感じている。

               ・

               ・

在宅支援には、色々な専門職がひとつのチームとして関わる。

専門職によって、一般の人が気づかないような細かいことに配慮した支援が可能だ。

               ・

支援者側だからこそ気づけることがあるし、アドバイスできることだってある。

改善した方がよいと感じることも、いっぱいあるかもしれない。

               ・

でも、自分たちの生活の仕方や、そうせざるを得ない状況、

或いは、介護者との関係性や生活パターンの違い、

それらを否定しないで支援してほしいという思いを、どの方も少なからず抱いている。

               ・

そういった思いを理解していないと、僕らの意見や指摘したことが、

利用者さんに、必要以上に「出来ないこと」「まずいこと」に目を向けさせ、

生活を窮屈なものと感じさせてしまっているってケースも出てくる。

               ・

できないこと、必要なこと、それを指摘して意識的に改善していくこと。

               ・

それは確かに重要なことだが、

命に係わることでない限り、一応の生活が成り立っているのであれば、

そのままでいいことだって、実際にはある。

               ・

事実、細なことをあれこれと言われて腹が立ち、

それが、支援者に対する不満に発展して、やがて支援困難事例化していく、

そんなケースを、今までいくつか耳にしたこともある。

               ・

問題点を意識化させて、それを利用者と共有し自立や解決に向けて支援する、

そのアプローチは、確かに間違ってはいない。

               ・

しかし、敢えて顕在化することを避け、

いざというときに手を差し伸べられるよう、予測を立てて準備をすることも、

目標志向型のアプローチと並行して、重要なことだと思う。

               ・

不自由さはあるのかもしれないが、

それを気にせずに、何となく生活が成り立っている。

でも、いざというときはしっかりと支援してくれている安心感がある。

               ・

これが、僕の思い描く支援の理想像。

               ・

模擬ケアプランを作成しながら、

そんなケアマネになれたらいいなと、考えたりしている。

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               ・

               ・


by hiro-ito55 | 2019-05-20 13:39 | 医療・福祉・対人支援 | Trackback | Comments(0)

報告書は、相手に理解してもらえるような内容にしたい

主治医やケアマネ。

毎月末、担当の利用者さんの報告書を作成するときに、

う~ん、はたしてこの内容でいいのかなぁと、自分の書いた文章を見直してみて、

そこからなかなか次に進めないことがある。

               ・

僕から上げるのはリハからの報告書なので、当然リハの観点からの報告内容となるのだが、

報告書を作成していて、筋力に可動域、運動内容と...、

               ・

現在行っていることや、今後予想される遂行可能なことを書き始めて、

「だから、なんなんだろう...。」という疑問が浮かんできてしまう。

               ・

確かに、ADL遂行に必要な筋力や可動域、そして耐性を把握することは、

僕にとっては必要なことだ。

               ・

しかし、

報告書を読むのはケアマネや主治医であって、僕と同じリハ職ではない。

               ・

彼らから見れば、可動域や筋力がどうのこうのと書かれても、

それはあくまで、リハ職の僕が把握している情報で、

職種の異なる人たちが読んだら、しっくりとくる内容ではないかもしれない。

               ・

いや、かもしれないではなく、恐らくそうなのだろうと思う。

               ・

だったら、彼らに理解できるように、しっかりと読んでもらえるように、

彼らがほしい情報として、それを伝える必要があるのではないか...。

               ・

例えば、車椅子への移乗に、どれだけの介助が必要なのか、

ベッドから台所まで歩いて行けるのか、ご家族の介助で大丈夫なのか、等々、

               ・

               ・ 

ケアプランに上げられている生活課題に対し、実際に必要とされる介助量や、

課題となっている問題に対して、具体的に何が不足しているのか、

そして今後、どんな生活課題に結び付いていく可能性があるのか、

               ・

そういったことを具体的に伝えてくれる情報こそ、

たとえばケアマネにとっては、必要な情報なのではないかと思う。

               ・

               ・

報告書がただ単に、

リハ職が行ったことの内容を書いたものであったとしても、

それは一応、報告書であることに変わりはないとは思う。

               ・

しかし、その内容をしっかりと読んで、理解してもらうためには、

相手の欲しい情報が、どういった内容のものなのかを考えて、

作成する必要があるとも思う。

               ・

               ・

せっかく毎月書いている報告書なのだから、

それは、相手に理解されるものでなくては、何の意味もない。

               ・

自分が把握しなければいけない情報と、

相手が必要としている情報は、必ずしも一致するものではない。

               ・

たかが報告書と考えずに、

自分が把握した情報を、相手が求める内容に変換して伝える。

               ・

それができれば、

そこからチームとしての連携や、信頼関係に繋がることもあると思う。

               ・

たかが報告書。されど報告書。

そんなことを考えつつ、今月も悪戦苦闘しながら睨めっこ...。

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               ・

               ・


by hiro-ito55 | 2019-03-25 18:10 | 医療・福祉・対人支援 | Trackback | Comments(0)

概念を明確化できる言語を持つこと

いよいよ僕の住む県でも、介護支援専門員実務研修が始まった。

               ・

事前学習をある程度進めておいたお陰で、講師の話に集中して臨むことができたし、

初日を終えて一番感じたのは、概念を言語化することって、やはり大事なんだなと、

改めて確認できたことだった。

            ・

ケアマネジメントの世界でも、僕らの職種がそうであるのと同じように、

独特の言語というものが存在している。

            ・

意思決定支援、合同面接、相談援助、両価性の価値...。

そういった言葉の持つ意味は、説明されればリハ職でも充分に理解できること。

            ・

でも、ケアマネジメントの世界で使われている、そのような言語を提示される前までは、

しっくりとくる言葉が見当たらず、どうしても回りくどく説明しなければならない...、

            ・

そんな場面に出くわすことが多く、上手く説明することが非常に難しいなって、

そういった思いを、常に抱えていたように思う。

            ・

ケアマネジメントの世界で使われている固有の言語を提示され、

そのモヤモヤとした思いが、少しすっきりした。

            ・

それに、言語を知ってから、その言語の持つ概念を学んでいくパターンだと、

意味を理解するまでに、ある程度時間がかかるけど、

今回は、概念は知っていて、それに当てはまる言語を見つけたわけだから、

すぐに納得することができた、そんな感じだ。

            ・

            ・

個別の事例において考察する際に、

概念を明確化してくれる言語を基に考えることができるというのは、

課題を早期に明確化することに繋がっていく。

            ・

課題把握のスピード化は、マネジメントのスピード化とほぼイコールだ。

            ・

待ったなしの課題を抱えている利用者にとっては、

早期に支援課題を明確化することは、当然彼らの利益に資することになる。

            ・

支援する側から見れば、

概念の言語化という作業が、個別課題に対処していくための応用力の基礎となるんだなと、

改めて感じることができた。

            ・

            ・

            ・


by hiro-ito55 | 2019-03-13 19:04 | 医療・福祉・対人支援 | Trackback | Comments(0)

言葉にできないことも

僕はリハビリで自分のやることを、人に伝えるために言語化するという作業を、

あまりしない方だと思う。

               ・

敢えて言語化しないということではなくて、

言語化できないことが、あまりにも多すぎると感じるからだ。

               ・

それに、言語化できないことを、強引に言葉に変換すると、

どうしてもそっちの方に、意識が引っ張られてしまうのも嫌な感覚だ。

               ・            

人は言葉によって捕えたものは意識化しやすい。

でも、詩人や文人ならいざ知らず、

普通の人が、言葉でうまく表現できるものというのはごく僅かで、

本当は、言語表現に至らない経験も相当しているはずなのに、

言葉で伝えるという事に頼りすぎると、そういうプロセスがあることを無視しがちになる。

               ・

意識しないものは、その存在すらも忘れてしまうのが普通だからだ。

結果それは、コミュニケーションにおける「拾う」「感じとる」という、

自分の作業そのものの視野を、狭いものにしてしまいかねない。

               ・

確かに、言葉にして伝えるのも大事なことだし、

それによって、相手に伝えようと努力するのも大事なことだ。

でも、今言語化できていないことがあって、それを言葉で言い表せるまで待つのも必要だ。

               ・

自分自身に対してだけじゃない。

相手に対しても、そういう姿勢を見せることは大事なことだと思う。

間や受容や共有というのは、ノンバーバルな場で展開されることも多いからだ。

               ・

言葉での表現には限りがある。

言葉での表現に頼りすぎると、それを忘れがちになる。

               ・

忘れると、知らず知らずのうちに、相手にも言葉による等価の表現を求めてしまう。

そういったときの言葉は、相手への凶器になることだってある。

               ・

言語的・非言語的な意味を含めて、コミュニケーションは成り立っているから、

相手に何かをしっかりと伝えるということは非常に難しい。

               ・

でも僕らが、言葉で言い表せることは伝え、

言い表せないことは、その場ではそのままにしておく姿勢を、意識的に示すことで、

コミュニケーションを持続可能な、或いは良好なものとしていくことはできると思う。

               ・

               ・

               ・


by hiro-ito55 | 2019-01-20 16:47 | 医療・福祉・対人支援 | Trackback | Comments(0)

支援の敗北とならないためにも

ケアマネからALS(筋萎縮性側索硬化症)の男性の方へのリハ依頼がきて、

訪問が始まった。

               ・

近隣の病院を退院され、

在宅での生活がスタートしたところでのリハ依頼となり、2週間が経過した。

               ・

下肢筋力は屋内独歩が何とか可能なレベルで、

嚥下、咀嚼機能にも問題はないのだが、上肢筋力低下が著しく、

特に食事や更衣などの生活動作に支援が必要なためというのが、当初の依頼理由。

               ・

と、ここまで書くと、OTの腕の見せどころだと思うかもしれないが、

そう簡単にはいかない。その方は、独居生活なのだ。

               ・

通常であれば、手指や上肢の筋力や可動範囲を評価して、

そこから補助具や福祉用具の使い方の練習や導入の検討へと、話を進めていくところだが、

独居の場合、補助具の脱着、或いはセッティングなど本人の力で行っていけるのか、

という問題をまず考慮しなければならない。

               ・

それが不可能であれば、現実的な意味で、

補助具導入によって課題となっている動作を、すぐに解決に移すことは難しい。

               ・

今回依頼を受けた方も、

結局、現実的に補助具として使えたのは、スプーンに取り付けた太柄のグリップだけ。

万能カフ脱着もスプリングバランサーのセッティングも、自力では不可能なレベルにある。

               ・

援助者間で現実的な具体策を導き出し、それを早く実行に移す必要があるのだが、

病状の進行も速く、スプーンを持つ左手の握力もどんどん低下し、手指の拘縮も進んで、

もはや手を使い道具を使用すること自体が不可能な段階になっている。

               ・

食事だけではない。上衣の着脱や洗顔など、

道具の使用も含めて、とにかく上肢を使った動作が不可能になりつつある。

               ・

今は訪問介護を利用して、ヘルパーさんに諸々の介助をお願いすることを検討中だが、

現在は要介護認定の申請中で、暫定的なケアプランで介入しているため、

どのような頻度でどこまでの関わりが可能なのかといったことも、まだ不透明なまま。

               ・

このままでは、援助が後手後手に回ってしまうという悪循環に陥ってしまいかねない。

               ・

経験的に、重症筋無力症やALSなど、

進行性の疾患を抱えた方に対する援助を行う場合、援助者側による支援が課題解決に追い付かず、

支援に関わる者たちの間では無力感を感じることが多いが、

               ・

そうならないためにも、

病状の進行に合わせた支援と、予測される問題を先取りして具体的な支援策を打ち出し、

それを適時実行していける体制の構築が急がれている。

               ・

支援の敗北という、最悪の結果とならないためにも。

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by hiro-ito55 | 2019-01-15 21:40 | 医療・福祉・対人支援 | Trackback | Comments(0)

今年も一年が終わります

今年も多くの利用者さんと、それを支えるご家族の方たちの下に訪問させて頂いた。

               ・

一カ月の訪問件数が140件を超えるような時期もあったけど、

常に忘れちゃいけないなと思ってたのは、僕らが向き合う相手は人であるということ。

どんなに忙しくても、それだけはずっと心がけていた。

               ・

忙しいからといって余裕がなくなると、心が無くなる。

分かりやすくいえば、やっつけ仕事になってしまうということ。

               ・

そんなときの専門性は、凶器にだってなりうる...。

今まで、そんな事例をいくつも見てきた。

               ・ 

それを回避するためには、障害や病気をじゃなくて、

障害や病気を抱えた人をみるという発想を、いつも持ち続けることだと思っている。

               ・

そしてそれが、簡単なようでとても難しいことも知っている。

だからそれを知った分だけ、僕も成長させられてきたのかもしれない。

               ・

今年もあっという間に一年が終わっていく...。

未熟な自分であるとしても、人としてできることを来年も探し続けていきたい。

               ・

今年もありがとうございました。

               ・

               ・

               ・


by hiro-ito55 | 2018-12-31 16:19 | 医療・福祉・対人支援 | Trackback | Comments(0)

人として接してほしい

ときに、他所のステーションで起こった出来事も、情報として入ってくることがある。

その中で驚いたのが、胃瘻造設の利用者さんに、看護師が経管栄養を注入しながら、

同時に、口腔清拭を実施していたという話があった。

               ・

それを聞いた誰かが言っていた。

それは看護師として非常識というか、むしろ人権の問題に関わる行為だと。

               ・

その通りだと思う。

だって、食事をしながら歯を磨く人なんていないのだから。

               ・

百歩譲ってそれが自ら行っている行為であれば、

それは奇行と呼ばれるものの類に入るのかもしれないけれど、

               ・

そうではなく、それが他者から強制された行為や状態であるならば、

それは、人としての尊厳を損ねる行為だと思う。

               ・

               ・

以前勤めていた老健でも、こんなことがあった。

施設行事のため、職員が入所者さんたちをエレベーター前に誘導中、

車いすを介助しながら、並んで頂かなければいけない方が何人もいらした。

               ・

エレベーター前には、段々と車いすに座りながら順番を待つ人たちの長い列ができてくる。

その状況を見ながら、「〇〇さんと△△さんたちは、そこに置いておいて」、

「◇◇さんたちは、その後ろに順番に並べて」と声をかけ続けている職員がいた。

               ・

僕はその声かけに、とても不快な思いを覚えた。

               ・

だから思わず「すみません。利用者さんに「置いておいて」は失礼じゃないですか。」

と、その職員に話しかけたことがあった。

でも、結果的にはシカトされて、凄く不愉快な思いをしたんだけれど...、

               ・

誰だって忙しいときはあるし、他人のことに構っていられないことだってある。

胃瘻に栄養を注入しながら、口腔清拭を行っている看護師も、

車いすの介助をしながら誘導する職員も、或いはそんな状況だったのかもしれない。

               ・

でもそのことが理由で、

人の尊厳を無視するような行為を正当化することはできないし、

そんな行為を実際に行えてしまう人のことを、僕はうまく理解することができない。

               ・

なんだろう...。

物じゃないんだよね。僕らが向き合っている人たちって。

そう思って接することって、当たり前のことだと思うんだけれど...。

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by hiro-ito55 | 2018-12-21 20:45 | 医療・福祉・対人支援 | Trackback | Comments(0)

PCようやく復活

購入してまだ一年なのに...。

自宅のPCが突然作動しなくなり、1カ月の修理の末昨日ようやく戻ってきた。

               ・

でも、全てのデータが初期化されてしまったため、

今まで書き溜めたブログの記事もろとも、全部消えてしまった。

やはりバックアップは取っておくべきだったと、今更ながら後悔...。

               ・

でも嬉しいニュースもあった。

一昨日、ケアマネ試験の合格通知が送付されてきた。

春先から試験勉強一色だったので、無事合格できたことは素直に嬉しい。

来春から実務研修が始まるけれど、それも今から楽しみにしている。

               ・

作業療法士でケアマネの資格を持っている人は少ないようだが、

逆に言えば、僕のような医療職の視点から、違った切り口を作ることもできると考えると、自然とモチベーションも上がってくる。

               ・

中動態の勉強、ターミナルケアへの関心、哲学の実行、

そしてケアマネ実務研修と、これからも忙しい毎日になりそうだ。

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by hiro-ito55 | 2018-12-06 19:19 | 医療・福祉・対人支援 | Trackback | Comments(0)

ケアマネの試験勉強してました

久しぶりのブログ更新。

春頃から始めたケアマネ試験の勉強で段々と忙しくなり、

気がついたら4ヶ月もの間、ブログに手をつけていなかった。

            ・

でも、昨日でその試験も終わり、今はちょっとホッとしている。

独学で半年以上も勉強したのは、ホント久しぶりだったので....。

            ・

今年から受験資格が法定資格保有者に限定され、

試験を受ける人の数が激減したとも噂されていたし、

去年までの過去問と比べると、問題の難易度も少し上がっていたように思う。

            ・

正式な合否の発表は12月上旬だが、

ケアマネの試験勉強のおかげで、僕自身が携わっている介護保険分野に対する理解が、

前よりも少しだけ進んだように感じている。

            ・

白紙だった地図の上に、自分自身の立ち位置と見える景色を書き込むことができた、

そんな気分だ。

            ・

さてさて、合否結果は2ヶ月後には判明するが、ひとまず試験勉強からは解放されたので、

またぼちぼちブログの方を更新していきます。

            ・

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by hiro-ito55 | 2018-10-15 15:35 | 医療・福祉・対人支援 | Trackback | Comments(0)

紫陽花


地域包括から3ヶ月間という期限付きではあるが、

ある85歳の方へ、訪問リハビリを担当させて頂いている。

               ・

いわゆる要支援者への、介護予防を目的としたリハビリという位置づけになる方だが、

85歳というご高齢にも関わらず、一人暮らしをされている。

               ・

その人は、去年までスクールガードの活動をされていた。

老人会や市からの要望があったからではない。

自主的に、小学生の子供たちの安全のために、

雨の日も晴れの日も欠かさず、10年間毎日一人で通学路に立ち続けていた。

               ・

ただただ、子供たちの笑顔や、元気な姿を見られることが何よりも嬉しかったという。

しかし、去年の暮れごろになって体力に限界を感じ、その活動から身を引いた。

               ・

元々、自主的にやっていたスクールガードの活動だから、

たとえそれを止めても、老人会や市からは何の表彰や労いの言葉もない。

               ・

それでも、10年間毎日続けてきたその理由を訊ねると、

その人は、「僕はそんな勲章や表彰よりも、もっと大事にできた宝物があるからだよ」

と答えてくれた。

               ・

言葉の真意が解らず、僕が少し困惑した顔をしていると、

その人は、笑いながら「それは命だがね」と仰った。

               ・

その人は幼いころ、広島に住んでいた。

昭和20年の8月、原爆投下地点から2kmにある小学校で被爆した。

クラスメートのほとんどが亡くなったそうだ。

               ・

「爆弾なんてものは僕の力ではどうしようもできない。

でも、交通事故から子供の命を守るぐらいなら、僕でもできることだと思ってね」

               ・

その人が、どんな思いで通学路に10年間も立ち続けたのか、

その本当の深さを知ることは、僕にはできない。

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               ・

部屋には、スクールガードをしていた小学校の児童と卒業生から贈られてきた、

感謝の手紙と色紙が、亡くなった奥さんの写真に並べて飾られてある。

               ・

今日は天気が良かったので、一緒にお庭を散歩した。

満開を迎えた紫陽花の花が、とてもきれいだった。

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by hiro-ito55 | 2018-06-21 20:55 | 医療・福祉・対人支援 | Trackback | Comments(0)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


by いとちゅー
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