季節の感じ方

昨日、市内を車で走っていると、隣市との境に位置する標高千メートル程の山々に、

うっすらと雪が積もっているのが見えた。

風が強かったため雲の流れも速く、山頂付近は白く隠れていた。

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僕はふと思った。

今は雨雲や雪雲の流れもスマホで確認すればすぐに分かる。

いつどこに降雪や降雨がありそうなのかも、ある程度予測することができる。

スマホやIT技術そのものが存在しなかった時代にはなかったことだ。

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現代は街にはビルやマンションなど、高い建物があちこちにあるのが当たり前な風景だが、

そんなものがなかった時代、景色は今よりも随分と広いものだったろう。

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街角に立ち、そこから見渡せる景色は、今よりも遥かに遠くまで見渡すことができた時代。

遠くで雨が降っていることも、今より身近に感じることができたのではないか。

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僕ら現代に生きる人間は、

テクノロジーによって必要な情報をすぐに入手することができる。

けれど、直接に物事を経験する機会は奪われているのではないか。

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例えば、季節を感じること。

カレンダーなどなかった時代、人には人それぞれ、

その人自身が感じる季節というものがもっとはっきりとあったのではないか。

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あの人が亡くなったのは、庭の梅の蕾が付き始めた季節だと覚えていれば、

来年も再来年も、梅の蕾が付き始める頃にちょうど一年が過ぎたのだと合点する。

その日が、正確に一年でなかったとしても、それで事足りていれば一向に差し支えない。

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そういう季節の感じ方と、カレンダーの日付を確認してちょうど一年だと思う知り方と、

どちらがより豊かな感じ方であっただろうか。

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星を読み、日の陰りの早さを感じ、

農民には農民の、牛使いには牛使いの抱えるそれぞれの時間や季節というものがあった。

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それで過不足ないのだとすれば、

それは、それだけ季節や時間というものが自分の生活に密着しているということだと思う。

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僕は想像する。

はたして、現代に生きる僕らの感受性というものは、

テクノロジーの進歩と同じくらい前に進めているのだろうかと。

直接に経験する機会は、深まっているのだろうかと。

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現代に生きる僕らは、今という時代からその影響を受けざるを得ない。

どんなに自由な発想を持っていたとしても、

それは現代という、僕らを取り囲む時代や世相の影響から独立的であることはない。

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自分自身が、現代という時代からも自由になっているという発想自体、

それまでの自分の経験を否定するという、危険な着想だ。

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単純に昔に返れという空しい空想を思うのではなく、

自分自身が生きる時代というものに自覚的であるということ。

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それを意識的に省みるだけでも、

豊かな人生を送るための、充分なヒントに成り得るのではないか、

そんなふうに思っている。

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Commented by ortie at 2018-02-10 20:28 x
久しぶりにブログを拝見させて頂きました。
「自分の感受性くらい自分で守れ。ばかものよ」と喝を入れられた気分です。笑
豊かさとはなにか考えさせられる内容でした。
決して懐古主義的な発想ではなく、
今という時代に生きているという「自覚」
テクノロジーや利便性を追い求めていくと同時に失われてしまうものへの危機感を持つこと。
まさしく自分で守れ、ですね。笑
スマホでつい写真を撮ってしまいます。
素敵な景色に出逢ったとき、
おいしい物を食べたとき、
つい、そのものを堪能する前に撮ってしまう。
ここ最近は、美術館でも撮影可能な展覧会等が増えてきました。作品をファインダーを通しておさめていく行為はとても好きなのですが、つい向き合う前にそれをしてしまう自分がいて。反省です。
ご利用者に四季を感じてもらいたいと常々思っています。
「生活者」としての記憶を
冬の澄んだ空気や
四季折々の花
些細なことから記憶は喚起されるのではないかと
そう考えさせられる事は多々あります。
自分自身もそういった感覚を大切にしていかないといけないなぁと。
なんだか胸がぎゅっとつかまれた感覚でついコメントしてしまいました。
いとちゅーさんの文章は言葉の切実さというか、
自分自身から出ている言葉だなぁといつも感じます。
うまく言えませんが、経験や体験やそういうものをぐっと通して伝えられる言葉には力がありますね。
今後も楽しみにしています。
Commented by hiro-ito55 at 2018-03-26 21:51
ortieさん、返信遅くなり申し訳ありません。いつもありがとうございます。
豊かさについてあれこれ考えてみると、結局のところ、自分自身の感受性をそのまま信じていいのだ、ということに行き着くんだなと思います。

感受性は誰にでも育つ大切な能力だと思います。
雑音が多い現代で、それを信じることさえも、たいへんな労力を要するものなのかもしれませんが、僕らが直接経験することに意識的に耳を傾けてみる...。
そんなことが、日常の中で少しでも当たり前のように許されるように。
そんな思いで、言葉にしました。

言葉は拙いですが、共感して頂けたこと、本当に嬉しく思います。
ありがとうございます。
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by hiro-ito55 | 2017-12-24 16:26 | Comments(2)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


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