コトバ


人は言葉によって考えている。
自分の言葉で語る人は、よく考ることのできる人だと思う。
そういう人の言葉は、借り物の言葉ではないから、自分が確信したことしか語らない。

心が納得すると、人は自然と自分の言葉で語り出すものだ。 
自分自身を、本当に納得させられるのは主観ではない。
心だと思う。

主観はいくらでも置き換えることができるけど、納得する心というものはひとつだ。
この経験にはこの言葉しかない、そう思えることは、心が納得したということ。
そこから言葉が生まれる。

言葉によって明瞭化される世界とは、自律する自分自身の経験のこと。
それが、納得した心を基に言葉を乗せて伝わることで、誰かが耳を傾ける。
それを僕らは、共感と呼ぶのだろう。

言葉を大事にする人は、経験を大事にできる人だ。
そこで自分の言葉を、新たに発明しようとしているのではない。

自分のことも、相手のことも、
できうる限りの、直接の経験の明瞭化を伝えようとする行為を、
ただ大事にしている。

言葉とは本来、そういう行為の内で生きられるはずなのに、
隙間を埋めるように、まるで、空白ができることを怖がるかのようにただ使われ、
すぐに消えてしまうような、そんな言葉が多いのは、なぜだろう。


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by hiro-ito55 | 2015-10-28 22:23 | 哲学・考え方

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


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