いつかの青年


二十歳の頃。
念願の一人暮らし。
成長しても親と同居しているそんな自分が嫌で、県外の公立大学を受験。
そして始めた、見知らぬ土地での生活。

一人家を出たい一心で始めた一人暮らしだったけど、
学費と家賃は親からの仕送り。
だから、完全な自立生活とはいかなかった。

けれどせめて、中途半端なことだけはするまいと、
バイトも勉強も精一杯取り組んだ。
ただ、がむしゃらに...。

生活に余裕などなく、
上手く立ち回る狡猾さも、人を気遣う優しささえも、持ち合わせていなかった。

そんなものなどなくても、なんとか生きていけたあの頃...。

やがて色んな人と出会い、別れを繰り返す中で、
青年は、ただがむしゃらなだけでは、生きていけないことに気付いていく。

立ち止まり風を読み、耳を澄まし、目に見える景色の中で声を聴く。
そうして、一人じゃないということも知っていく。

僕を取り巻く世界。
迎える自分は、震える身体でも、怯える心であってもいい。
ただ、がむしゃらに生きているだけでは、
前から後ろに流れ去っていく、
そんな景色しか、見えないことに気付いていく。

それはちょうど、猛スピードで車を跳ばす運転手の視野が、
限りなく点に近づいていくことに似ている気がした。

身に着けた感受性は、彼の人生を疾走していくかのようだ。
だから青年は、自分の言葉を持とうと思った。
自分の言葉をコンパスに、疾走するその景色を見届けてみたいと願った。

不規則に交わる雑踏の中、聞こえる声はどこからか。
目に止まる景色は何色か。
それをしっかりと見定めていくことが、彼の願い。

嬉しいことは、素直に嬉しいと感じること。
悲しいことは、ただ悲しいと思えること。

それを見定め、
人のそれをも受け止め分け合うためには、何が必要か。

きっと、青年の守るべきものは感受性。
闘う武器は、それを見定める言葉の中にある。

自分の言葉を手にするとは、大地に種を蒔くこと。
自分のできることを探していくのは、それを耕していくこと。

今はざわめく景色の中で、そう思えたときに青年は、
本当の意味での成長を、見届けていくための力を知った。


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by hiro-ito55 | 2014-05-21 21:40 | 哲学・考え方

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


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