その人の悲しみは、その人のもの


この仕事を通じ、人と接している中で、
どうしても割り切れないもの、そんなものに出会うことがある。

たとえば、
その人の悲しみは、その人のもの。
それを見つけたとき、どう処理してよいか戸惑うことがある。

理論的に、或いは分析的にと、経験から浮き上がった言葉にしてみれば、
それはすぐに、抽象的で空虚な絵空事と化してしまう。

およそ人間、
喜びや悲しみ、苦悩、そういった生きることに対する実感は、
全員が、同じように知らなければいけないというところにはないから。

その人の悲しみは、その人のもの。
誰のものでもない。

それを理解するのに、科学的な任意な考えが入り込む余地はない。
そういう反省のないところに、人への共感や共有などないだろう。
また、合理的な解釈から、僕らがそれらに出会うこともけっしてない。

その人の悲しみは、その人のものだけれど、
それに触れれば、それはいつでも割り切れないもの。

たぶんそれは、
容易に近づき共感することを拒む、そんな力を持った言葉のようなものかもしれない。

だからこれに出会い、向き合ったとき、
他人はそれぞれ、己自身に向かって己自身の言葉で語りかけることでしか、
これに上手く対することができないだろう。

人の一切のものを、正しく客観的に説明する必要はないけれど、
そうやってみんな、互いに生きていく上での実感を我がものにしようと、
その深さに触れるものなのかもしれない。


その人の悲しみは、その人のもの。
そこには同時に、戸惑う僕もいる...。



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Commented by ポコペン at 2014-01-22 16:44 x
こんにちは。いつも拝見させて頂いています。
人の思い、苦労なんかは他人から安易に分かると言われたり触れられたりしてほしくないもの、ワタシにはそのことだけでもよく分かる気がします。
ワタシもとある病院でOTとして毎日患者様をみていますが、患者様とのその距離感といいますか、近づけないもどかしさみたいなものを感じることがよくあります。
今まで患者様の思いを最後までうまく汲み取ることができず、そのまま退院となってしまわれた方もいっぱいいます。

今は後悔する前に、他人だからこそできること(もちろんOTという専門職としても)をもっと考えなければと思っています。
そんなときに、いとちゅーさんのブログを何度も繰り返し読んでいます。これはワタシの読み方ですが、繰り返し読んでいるうちに、どの記事にもヒントみたいなものが文章の中の至る所に散りばめられているのが分かるんですよね。
これからも何度も読ませて頂き、ワタシなりの対人援助のヒントにさせて頂こうと思っています。
いつもいい記事を書いて頂き、ありがとうございます。
Commented by hiro-ito55 at 2014-01-22 19:30
ポコペンさん、ありがとうございます(^_^)。

誰もがその人自身の人生を生きているのですから、その人じゃないと分からないことってきっといっぱいあると思います。
でも逆に、他人だからこそ、分け合っていけることっていうのも、きっとあると思うんですよね(^_^)。
自分に何ができるかをひとつひとつ考えることは、他人ではなく自分自身を問うことに確かに繋がっていくのだと思います。
そしてそれは、各人がそれぞれの感じ方で感じて、それを形ににしていくということでいいと思っていますし、それがその人に触れることの意味であると思っています。

また宜しければコメントを下さい。お待ちしています(^_^)。
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by hiro-ito55 | 2014-01-21 00:01 | 哲学・考え方 | Trackback | Comments(2)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


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