Rolling Days


デイサービスの敷地内に、小さな畑があります。

今月中に白菜や大根の種を植えるため、
肥料代わりにと、スイカやカボチャの皮を埋めておいたけど、
それを栄養にして、雑草がポコポコと生えてきました。

よし、いっちょ抜くか。』と、
利用者のOさんと相談して、おやつ前に畑をきれいにすることに。

外はまだ暑かったけど、
畑仕事が得意なOさんは、不規則に育った雑草を次々と抜いていく。



かつて僕は、対人支援というこの仕事を、
今よりもずっと先鋭的に考えていた時期がありました。

もうずっと前の話だけど、
老健の作業療法とは、対人支援とは、『こうあるべきだ』と考え、
自分にも他者にも、それを求めて仕事をしていました

例えば、作業に関していうと、
認知症利用者のアクティビティーは、
アイ・ハンド共同作業による認知機能の活性化を促すため
に成されるべきで、

そのためには、
決まった場と空間を、習慣的に再現する必要があると捉えていました。

そして、その作業の習慣化が、
利用者の『こんなこともできるなら、あんなこともやってみよう
という意欲を喚起し、

他のADL動作や余暇活動への参加による自主性や、
社会性を向上させる切っ掛け作りに繋がる、
そう信じて疑いもしなかった

だから、
そういう在り方で対人支援に臨むのは当然だと考え、
協力してくれる他のスタッフにも、
利用者一人一人にそのように臨むべきであることを
半ば強要していました。

理解しようとしないスタッフには、
理論を振りかざして、知らず知らずの内に辛く当たっていました。

でも、
今ははっきりと言えるのですが、
こういうやり方自己満足以外の何ものでもない

理論としては素晴らしいものかもしれないが、
方法が明らかに間違っています

その証拠に、
そのうち利用者さんの方が、僕に気を使うようになってきました。

あなたが一所懸命にやってくれるから。』と、
作業参加が義務のような形になってしまったことにも気付かず、
逆に参加を、利用者の意欲向上の表れだ勘違いしていました

作業に限らず、
ADL練習に対しても、そのようなスタイルで仕事をしていたから、

当時の僕は、他のスタッフを信頼しない
独善的な恐いOTと思われていたように思います。

結局、僕のやり方は、
自分以外のスタッフを見下し、気を使わせてしまうだけで、
そういう姿勢は、利用者さんにも必ず伝わってしまうものだという、
そんな簡単なことにも、気付けずにいました。

野球でいえば、守備の上手い三塁手が、キャッチングの下手な一塁手を
『お前の守備は素人レベルか。何とかしろ。』と詰るようなもの。

それではチームの守備力は上がらない

むしろ、
一塁手はエラーが多いと分かっているなら、
彼が取り易い球を投げられるように、
自分が工夫する努力をしていくよっぽど大事で、

結局のところ、
そういうことがチームの守備力を上げることにも繋がっていくのです。


人によってやり方や能力にバラつきがあるのは当然で、
それなら、その差異を指摘するのではなく、
自分がちょっとだけ違うものを認める努力をすること

下手をすると、それは
お手々繋いで仲良くという姿勢に陥りがちだけど、

慣れ合うことと他者を尊重すること根本的に違う



ほれ、終わったよ。』
Oさんが笑顔で振り返る。

気がつけば、畑の雑草がみんなきれいに抜かれている...。
Oさんの手際の良さには、思わず感心してしまう。

暑いね』と言いながら、
これで土を起こし直して、肥えを入れれば後は種を蒔くだけ
と、笑顔で教えてくれる。

今、目の前にいるOさんは、
僕をどんな作業療法士だと感じているのだろうか。

じゃあ、手を洗っておやつにしましょうか。』
僕も笑顔で応えてはみたけれど、

僅か5~6年前の話に、
今はなんだか、随分と遠い昔の出来事のような錯覚を覚えながら、
Oさんと二人で畑を後にする。

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by hiro-ito55 | 2012-09-09 01:24 | 作業療法

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


by いとちゅー
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