Charles Bonnet syndrome(CBS)~知覚と概念~
2012年 08月 26日
シャルル・ボネ・シンドローム(Charles Bonnet Syndrome)
というものがあります。
CBSは、糖尿病性網膜症や白内障、
或いは事故などで、眼や脳の視覚路に損傷を受けると、
損なわれた視野の部分に、幻覚が現れる障害のことです。
そしてこの幻覚は、
その人が自分の意志でもって意識的にコントロールすることはできず、
また、眼を閉じれば見えていた幻覚も消える、
という特徴があります。
医学的には、
ある程度までそのメカニズムは解明されているそうですが、
詳細は未だはっきりとしていないようで、
現在このような症状を呈する患者の多くは、
精神科に回され、薬物投与を受けることが多いそうです。
幻覚という、
そこに本来ありもしないものが見えるということが、
知覚の問題なのか概念の問題なのか、
実はその区別は、哲学の分野にも及びます。
それは、例えばこういうことです。
今、パソコンに向かってブログを書いているとき、
自分の座っている椅子の後ろにある風景、
例えば机など家具の位置や全体的な配置は、
直接見なくても自分の頭に思い描くことができます。
そしてその風景には、自分の好きな猫や置物など、
自分の意志でもって新たに付け加えることも可能です。
これは、大雑把に言ってしまえば、
記憶や想像という概念の領域に属するものです。
しかし、
自分の後方で何か物音がして、
振り返ってみるとなにもなかったというのは、
気のせいで片づけられる類の、知覚の問題に属します。
或いは、
僕らは、車でよく通る道を頭の中で思い描いて、
途中通る風景を、頭の中に思い描くことができるし、
車を運転している自分や人の動きを、勝手に想像することもできます。
しかし、
実際にそこを車で通ってみると、
あったと思っていた店の看板が違っていたり、
新しく店ができていたりするなどの発見をすることがあります。
このように、
知覚と概念は、僕らの生活に混在しているのですが、
問題は、幻覚という対象認識の不具合が、
現代医学のように客観的な立場で見てみると、
『対象のない知覚』ということになり、
反対に、その人自身の立場に立ってみれば、
現実味を帯びた『記憶や想像の不具合の産物』であるということで、
どちらの立場で捉えるかによって、
大きな違いが出てくるということです。
前者は知覚の問題で、後者は概念の問題となります。
そして、
これに認知症が加わると、もっと複雑になります。
前の職場に、Sさんという入所者がいました。
Sさんには時々、三人の子供が見えました。
夜中でも昼間でも、自分のベッドの脇に子供がいるのが見えて、
実際に会話をしたりすることもありました。
訊くと、『そこにいるじゃない』と指を差して、
その子たちが着ている服や髪型などの特徴を、
教えてくれたりしました。
また、別にAさんという方がいました。
この方は、
『天井裏から水が落ちてくる』
『女の人がそこに閉じ込められて泣いている』
『窓から煙の臭いがする』
などの訴えがあり、
ある日、一人で施設のエレベーターを操作して一階に降り、
公衆電話から警察に電話をして
夜中に警察が駆け付けるということがありました。
Sさんのように幻覚が穏やかなものであればいいのですが、
Aさんのように、幻覚が恐怖の対象である場合は、
周りへの影響は深刻なものになります。
幻覚に対しては、その症状を抑えるために、
薬物による治療を施すという方法が現代医学の主流で、
実際にAさんは、精神科病院に入院して薬物投与を受け続け、
ほぼ寝たきりの状態になってしまいました。
幻覚に対し、
周りへの影響を抑えることを優先させた治療が必要であるか、
或いは、その人の立場を優先させた治療を優先させるか、
その判断は非常に微妙ですが、
そういう判断を下すための基となる基準を辿っていけば、
『知覚と概念の問題』に行き着きます。
僕らは、医師のように薬物を使用することはできないので、
現場では、そこにジレンマを感じる方も多いように思いますが、
作業療法士の立場として幻覚の問題を捉えれば、
少なくとも『知覚と概念の問題』に、
関心を寄せる必要があるように思います。
by hiro-ito55
| 2012-08-26 17:02
| 作業療法
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