考える生き方のヒント       ~今、伝えたいこと~

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この前、久しぶりに何人かのOTさんやPTさんと話す機会があった。
在宅や病院や研究職、それぞれ挑んでいる分野は異なるだけに、
お話を聞いて、なるほどと感心することがいくつもあったが、インテリジェンスが高い人ほど、
物事を抽象的にというか、観念的に考える傾向は、確かにあるように思う。

自分もいくつか意見を述べさせて頂いたけど、
結局は、自分が関わっている利用者さんやご家族から日々感じること、
或いは、彼らから直接伝えられたことに対して、自分がしたことやできなかったこと、
それに対する思いなどを、雑多にお話しさせて頂いた。

でも例えば、在宅医療やリハをこの先どうしていくべきか、
或いは、どうあるべきかについて聞かれても、たぶん僕は何も答えなかったと思う。

僕も駆け出しの頃は、「OTの将来はこうあるべきだ」などと、
生意気にも周りに吹聴していたことがあったが、
今は経験が身になっていないことを語るのを、極力避けるようにしている。

だから、
自分が実際に見聞きしていないことについて意見を聞かれたときは、
「分からない」と答えることも多くなった。


抽象的に考えることは、何か物事全体を捉えているかのように錯覚しやすいし、
毎日の現実的な選択よりも、高次な価値観を持っていると誤解しやすい。

けれどよほど注意していなければ、観念的に捉えたその言葉の意味についての無知や、
責任についての無関心に、気づくことはできない。
錯覚や誤解に基づいて語られる言葉は、非現実的なただのお喋りにすぎないということに、
なかなか気づくことができない。


「認知症で普段喋らない母が、食事介助中に私の目を見てありがとうと言ってくれた」
「妻が亡くなり、昼間独りになるけれど、デイに行く気にはなれない」
「夫の物忘れや世話は大変だけれど、息子と協力して家庭を守っていこうと決めた」
「車いすにもう少し長く座れれば、一緒に買い物を楽しむことができる」.....。

毎日のように利用者さんや、それを支えるご家族たちと接していると、
実に様々な悩みや喜び、楽しみがあると気づくことは多いと思う。

そこから僕らは、その人たちが在宅で充実した生活を送るためにはどうしたらいいかを、
自分なりに考えていく。

それは、相手について考えることと同時に、自分自身に何ができるのかという、
相手との間で共有しえた、現実問題を考えることにも繋がる。

そうして得た答えや疑問が、
自分が本当に考えたい問題であったり、取り組むべき課題となっていくこと、

それが何よりも大事なことで、
それが僕らにとって、遥かに現実的な力を持っているのだと信じている。

在宅医療やOTの将来をどうしていくべきかについて、考えることも必要かもしれないが、
利用者さんの前にいる、たった一人の臨床家であろうとする限り、
直接的な経験から自分の言葉が生まれ、世界を語ることができるのではないか。

そうして生まれた言葉は言葉で終わるのではなく、
利用者さんたちを支える様々な選択肢や、可能性という形になっていくことを、
僕らは日々の実践を通して経験している。

雄弁な主義者にも、ただのお喋りにもなる必要はない。
僕らはただ、現実に悩む人の選択肢であり、戸惑う人の伴走者であればいいと思う。


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# by hiro-ito55 | 2016-05-12 19:44 | 作業療法 | Comments(0)

ヒムロックLAST GIGS


最近忙しくてなかなかブログを更新できていないけど、
リフレッシュの意味も兼ねて、氷室さんのライブに行ってきます。

先だって行われた大阪公演では、セットリストの内容に賛否両論だったらしい。
体調もあまりよくなかったみたいで、名古屋公演も心配だけど....。

でも、どの曲を歌うかは氷室さんが決めること。
それに、体調が悪くてもライブでは全力でパフォーマンスしてくれる彼の姿に、
僕は毎回エネルギーをもらってきた。

だから、今回も彼のその姿を全力で応援しにいこうと思う。

2年ぶりのライブ。そして全てのファンにとって最後のライブ。
BOΦWY時代からずっと好きだったヒムロックの最後の姿を、
この目に焼きつけてきまっす!(・ω・)ノ












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# by hiro-ito55 | 2016-04-26 21:44 | 音楽 | Comments(0)

からくり儀右衛門


みなさんは、「からくり儀右衛門」をご存じだろうか。
幕末から明治にかけての発明家で、本名は田中久重。

今から150年以上前に、万年時計を作ったことで有名だが、
制作のために必要な天文学の知識や、工学技術は独力で学んだ。

昼間は生計を立てるために働き、
仕事が終わると、徒歩で数十km離れた学者の下に赴き、必要な知識を学んでいったという。

しかもそれを10年間、ただの一日も欠かさず続けたというのだから、
たいへんな努力家でもあったらしい。

苦学の途上、足繁く通う夜道を照らす満点の星空に、
この苦学の発明家は、毎日何を思っていたか....。

それまでにも、「和時計」と呼ばれる不定時法に対応した時計は存在していたが、
彼が作り出した万年時計は、ただ正確に時を知らせるだけの時計ではない。

定時法と不定時法、月の満ち欠けや太陽の軌道の変化、
日の出や日の入りの時刻、或いは、曜日や二十四節気の巡り合わせまで、
それら全てを連動させて、同時にひとつの時計で表現する仕掛けが施されていた。

完成させた万年時計は全て彼の手作りだが、
現代の最新技術をもってしても、それと同じものを作ることは不可能らしい。

動力となる発条(ぜんまい)から、様々な形をした歯車や螺子の一本一本に至るまで、
全てをどのように組み合わせて動かせば、寸分違わず正確に刻むことができるのか。

凡人には気の遠くなるほど壮大な計画だが、
一見、それぞれがバラバラに刻んでいる時は、統一されたリズムを持っていて、
それらを結びつける、時というものに対する彼なりの地図だけは、
ひょっとしたら夜道を歩く彼の頭に、すでに描かれていたのかもしれない。

あとは、その確信をいかに正確に表現することができるか。
その情熱と信念は、彼の抱えたカラクリでもあり、彼を魅了した夢でもある。
きっとそれが、彼の独創を独創足らしめていた。
そんなことを想像してみる。










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# by hiro-ito55 | 2016-04-05 22:10 | 日本人 | Comments(3)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


by いとちゅー