考える生き方のヒント       ~今、伝えたいこと~

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今年もあっという間に一年が過ぎてしまいました。
長くて短いような一年のうちにも、それなりに多くの出来事がありましたが、
年を追う毎に、一月、一週間がとても早く過ぎていくように感じます。

人が感じる時間の心理的な長さは、年齢に反比例する、
これを、ジャネーの法則と言うのだそうです。

たとえば、40歳の人にとって一年は人生の1/40に相当し、
10歳の人にとっては1/10の長さに相当するわけで、10歳の頃よりも4倍早く感じるようになる。

つまり、X軸に年齢を、Y軸に感じる時間の長さを取れば、
XとYの間には、反比例する函数が成り立つというものです。

もちろん、人が直に感じる時間というものは、もっと複雑な過程を踏むものだと思うので、
単純な積分函数で説明できるものではないと思いますが、実感から照らし合わせてみると、
ある程度納得できる考え方のように感じます。


僕自身、今の仕事(訪問リハビリ)に携わって、来年の二月で丸三年になりますが、
一日、一週間と、感じる時間の長さは様々でした。

その中で、少しでも意味ある時間を過ごそうと思ったら、
何よりも大事なことは、自分で自分を教育できる能力を身に着けることだと思います。

たとえば、他人がやることを自分のことのように捉え、自分だったらどうするのかを考えられる人は、
自分の殻から抜け出し、成長できる人だと思います。

また、選ばれた課題や条件の中でも、常に最善を尽くせるかどうかでも、
その後の考え方や生き方が変ってきます。

そのためには、
具体的に今の自分には何ができて、何ができないのかをしっかりと認識する、
そういう物差しを、自分の中で作り上げていられることが大事だと思います。

そして自分自身に対し、そういう眼差しを向けられるということの意味は、
正しいか正しくないかという価値観を持つことよりも、
人が成長していくための、大事な戦略となっていくように感じます。

特に、僕のようなリハ職が一人しかいない職場だと、
セルフプロデュースできる能力の如何が、その後の仕事の質の分水嶺になってきます。

職種が違う、考え方も違う、
そして、それまで何年もやってきた自分の状態を知らない職場にいること、
それをハンデと捉えるか、チャンスと捉えるか....。

感じる時間の長短に関わらず、今年も一年、色々なことを考えさせられました。


(来年も、皆さまにとって良い一年でありますように。)


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by hiro-ito55 | 2015-12-30 20:59 | 哲学・考え方 | Comments(2)

回復期の病院から退院され、在宅でのサポートが開始された

身体的な回復がまだまだ見込める段階であるが、動作全般に介助が必要であったため、
寝返りから移乗までの基本動作能力の向上を図ること、
毎日の介助を担うご家族へのアドバイス、入浴介助を担当する看護師との連携など、
課題は多い。

在宅でリハや看護サービスが開始される場合、
ご家族が介助のやり方に不安や混乱を抱えているケースも珍しくなく、
この方の場合も、ご家族から具体的な介護の進め方について戸惑う気持ちが感じられた。

そのため、ご家族の負担を軽減できるよう、
退院後早期からデイサービスやデイケアなど、
社会資源活用に向けたご家族への助言も、同時進行の形で進められた。

しかし、
ご家族の混乱が僕らの予想以上であることが、段々と分かってきた。

具体的にどうしてよいか分からないことがあると、
訪問のたびに丁寧に説明することで一時は納得されるが、
翌訪問日には「実は...、」と、逆の見解を示されることもしばしば...。

或いは、寝返りから移乗まで、基本的な介助の方法について助言したことが、
その後全く実行されていないことも、度々見受けられるようになってきた。

実は、ご家族が直面していたのは、「分からないことが分からない」という状況で、
これが長引くと、在宅介護継続は難しくなる。

今のところ、在宅介護に対する意欲は高いため、
混乱や疲弊によって、限界を迎える事態だけは避けたい。

だから、早めのデイサービスやデイケアの利用を、と考えていたけれど、
たとえ寝たきりになったとしても構わないから、
自宅内で一日を過ごさせてあげたいという思いが、一番強いことも分かってきた。

その思いの根拠は、どうやら入院中の出来事に由来していたようだ。
午前と午後のリハビリ、医療的処置、清拭や入浴介助など、
病院では、一日に何人ものスタッフと関わり、過ごされてきた。

しかし、家族以外の、よく知らない多くの人と関わるという状況が、
本人の不安を助長させ、精神的に不安定な状態を作り出してしまった。

帰宅願望やせん妄、暴言や暴力、激しい感情の入れ替わり...。
退院と同時に、それらの症状はパッタリと無くなり、表情もとても穏やかになったが、
ご家族にとっては、その時の様子が非常にショックだった。

退院後は他人が関わることに対する不安や、拒絶する気持ちだけが残り、
デイサービスなど、不特定多数の人が出入りする場に行くことで、
再びパニックにならないか、非常に心配されていたのだ。


とも倒れを防ぐため、ご家族と本人が離れて過ごす時間も必要だとは思う。
ショートステイや一時入院など、今後予想されるであろう事態に備えて、
本人の抵抗を少しでも和らげるため、今のうちに外出慣れをしておく必要も、
あるのではないかとも思う。

そう考えれば、通所系サービスを利用しながら、支援を進めることは重要だと思う。

しかし、在宅支援は、
ご家族や本人も互いにマネジメントできる範囲内で、進められなければ続かない。

もし今後も、デイサービスなど自宅以外で過ごす時間を作ることが、
必ずしも彼らに、良い影響を齎すとは言えないと判断された場合、
今の生活パターンの範囲内で、最良の在り方を見つけていかなければならない。

何れにしろ、彼らの、分からないことが分からないという状況を、
まずは解消していかなければならない。

寝返り、起床、立ち上がり、移乗、車いす座位のポジショニングなど、
具体的に混乱しているものを、訪問の度にひとつひとつ確認し、
自信が持てるよう、根気よく伝えていくしかない。

そして、その上で見えてくる可能性があるのなら、それを待つしかない。

その人にとって、そしてご家族にとって、
最善であると言える在宅生活継続に向けての、具体的な助言や支援の形は...。

色んなことを考えさせられる。


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by hiro-ito55 | 2015-12-15 19:51 | 医療・福祉・対人支援 | Comments(0)

突然の連絡だった。
昨年から今年の夏まで、リハビリの一環として水彩画に一所懸命に取り組んできたNさん。
(*過去記事:描き始める人 、在宅での作業療法の実際 )

ケアマネからの連絡で、一昨日亡くなられたことを知った。
最後はたった一人の息子さんに見守られ、病室で静かに息を引き取ったという。
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OTジャーナルに、
Nさんが全力で描き上げた3枚の絵を応募したのが半年前だった。

当時のNさんが、訪問に入っている看護師に
「病気になってから初めて心から笑えるようになった」と話していたことを、
後から聞かされたこともあった。

作品送付後、ステーション宛てに送られてきた応募作品受領の通知ハガキを読み、
一緒に喜んだ彼の顔は、本当に嬉しそうだった。

けれど、今年の夏は暑かったせいか、
その後体調の優れない日が続き、ベッドで横になっていることが多くなっていた。
「描きたいけど気力が沸かない」と、再開していた絵も手つかずのまま。

そんな中、応募作品採用見送りの連絡通知が送られてきた。
応募した3点の作品とともに、ステーション宛てに送られてきたのだ。

報告すれば、きっと彼は笑顔で「そうかぁ、残念」と答えるだろう。
けれど、今このタイミングで伝えるのは酷な気がした。

本当は、僕自身に本当のことを伝える勇気がなかっただけなのかもしれないけれど、
そう考えて、訪問中は応募した作品の話題に触れないようにしていた。

話すのは、もう少し元気が出てからにしよう....。
そうやって、その後も元気のないNさんを見る度に、
伝えることをズルズルと先延ばししていた。

やがて10月初旬になり、Nさんが体調不良で入院してしまった。
不採用通知の連絡が届いてから、一月ほどが経っていた。
そしてその後も、一度も自宅に戻らないまま、彼は病院のベッドの上で息を引き取った。
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去年、Nさんから40年間大事にしてきたカメラを見せて頂いたとき、
ちょうど忘れ物を取りに来たヘルパーさんに、
そのカメラで記念に一枚撮ってもらったことがあった。

自宅のテレビの前で笑う、奥さんとNさんと僕の3人が映っている写真。
その写真を手にしたその時も、とても嬉しそうだった。

それから数週間後、外出先で突然奥さんが倒れた。真夏の暑い日だった....。
その日以来、元気のなくなった彼を勇気づけたのは絵だった。

――OTジャーナルの表紙絵に作品を応募しよう――。

再び描き始める目標を見つけられたことが、
もう傍に見てくれる人もいなくなったのに、描く意味などない
と、考えていた彼を奮い立たせた。

気を抜けば、喪失感に飲み込まれてしまいそうになる生活の中、
白いカンヴァスと向き合い、完成させた絵。桜に染まる錦帯橋....。
最初にできた作品は、とても穏やかな明るい色使いだった。

「まだまだだけどなぁ」
一緒に喜ぶ僕に向かって、照れながら見せた彼の笑顔が今も忘れられない。


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by hiro-ito55 | 2015-12-03 22:07 | 作業療法 | Comments(4)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


by いとちゅー