考える生き方のヒント       ~今、伝えたいこと~

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看取る人の選択と判断


先日、亡くなった患者さんのご家族が、ステーションにご挨拶にいらした。
最期は自宅で迎えたいという、本人の意思に反してしまったことが、
ただひとつ、心残りとなっているご様子だった。

看取りというのは、家族にとって難しい選択を迫られる場でもある。
予め、お互いの意思をしっかりと確認していたとしても、
やがて患者さん本人が、自分の意思を伝えることができなくなれば、
支える家族はそのとき、どのように判断し行動すればいいのだろうかと、
具体的に選択するその瞬間まで、迷うものだと思う。

いや、選択したその後も、なのかもしれない。
だから後悔したり悔んだり、自分を責めたりしてしまうことがあるのだと思う。

でも大事なことは、
自分のできる精一杯のことを、その人にしてあげられたかどうかという事実にある、
と僕は思いたい。

本人は、苦しみながらでも、少しでも長く生きたいと願っているかもしれない。
或いは、苦しむよりも、楽に最期を迎えたいと思っているかもしれない。

そういう本当のところは本人にしか分からないし、
その気持ちは最期を迎えるときまで、はっきりと定まった考えではないかもしれない。

だから周りにできる精一杯のことも、
その方の、その時の思いを反映していないことだって、往々にしてあるだろうと思う。

そして、意思を伝えることのできなくなった本人に代わって、
何かを選択しなければいけない、そんな状況に置かれたときに、
携わる人間はどう判断し行動すればいいのか、本当に迷うものだと思う。

けれど僕はそれでもやはり、見守ることのできる人がそれぞれ、
自分のできることを、精一杯やっていくしかないだろうと思う。
そしてそれは、看取る人にしかできないことであるとも思う。



誰だって、自分がしてきたことを振り返るとき、
あのときにああしていればよかった、と悔やむことがあると思う。

例えば、友人や恋人や家族を傷つけたこと。悲しませたこと。
がっかりさせてしまったこと...。そうした過去を振り返って反省することがある。

けれど、自分がそのときにそうしたのは、
そうするだけの理由が、自分自身や周りには必ずあったに違いないと思う。
そして逆に、それ以外の選択ができなかった理由も、ちゃんとそこにあったはず。

だからこそ、自分は多くの中からその都度、ひとつの選択をしてきたはずなんだけど、
そういう肝心なことを、ついつい忘れてしまうことが多い。


結果を知っている今から振り返ってみると、
その選択が限界だったとか、他にも方法があったんじゃないかと色々言えるけれど、
それは結果論から逆算しただけにすぎないし、
そういった反省の仕方は、過去への後悔しか生み出していかないと思う。

振り返っても、そのときの自分や周りの事情を、今に甦らせるように考えなければ、
その選択や判断の本当の意味は分からないだろうし、反省など無意味だと思う。

考えてみれば、自分がそのときにそれ以外の選択をしていたからといって、
それが実際に採った選択よりも、いい結果を齎していたなんて保証はどこにもないし、
逆に、今よりも悪い結果を齎していたという確証も、実はどこにもない。

ただひとつ、それ以外の選択をした、そこから繋がる未来というものが、
今という現在に存在しないという事実だけが、そこにあるんじゃないのだろうか。

だとすれば未来から過去を振り返った場合、どう考えたって、
実際に自分が選んだものが、ベストな選択であったとしか他に言いようがない、
ということにしかならないと思う。

そう考えれば、
選択や判断をするために、自分はその都度精一杯それと向き合うことしかできないし、
それをしなかったこと以外に、後悔しなければいけない理由はないように思う。

看取りを行う場合には、死という人生の究極のステージと向き合うからこそ、
それを見守る人には、自分の選択や判断に後悔なんかしてほしくないし、
また、するべきものでもないのだと思う。



最後のご挨拶にと、ステーションにいらしたご家族たち....。

容体が急変して救急搬送されたことは、確かに本人の意思に反していたかもしれない。
意思を伝えられなくなったとき、本人は何を望んでいたか、本当のところは分からない。
だからこそ、自分の判断を信じて、その人のためにできることをしてあげるしかなかった。

病院で最期を看取ったという奥さまは、ステーションを後にするとき、
それまでの一月あまりの間、いつも夫の傍にいてあげられたことがとても幸せだったし、
何よりも家族として、ともに過ごせたことがよかったと、そう仰っていた。

救急搬送され、その日のうちに病院で息を引き取ったというその結果がどうであれ、
玄関先で深々とお辞儀をするご家族の姿を見て、
最後まで間違っていなかったんじゃないかと、僕は勝手に思っている。











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by hiro-ito55 | 2015-02-18 21:43 | 医療・福祉・対人支援 | Comments(2)

描き始める人


あれほど大好きだった絵を描かなくなってから、もうどれくらいだろう。
春の鳥、夏の山、庭先に咲く名も無い花....、

下手でもなんでも、何度も飽きずに描いてきた、
そんな景色の欠片があった。

完成までにはいつも時間が掛かったけど、
出来上がると、それを一緒に見てくれる人がいた。

よっこらしょと画材を背負って出かけていく自分に向かって、
いってらっしゃいと優しく声を掛けてくれる人がいた。

ときには一緒に探しに出掛けて、じっと描き上がるのを待っていてくれた。

だからあんなに夢中に、カンバスを景色で染めていくことができた。
いつまでも、傍で見てくれる人がいたから....。


訃報を聞いたのは、入院先のベッドの中だった。
ショッピングセンターの駐車場で、倒れているところを発見されたという。
帰っても、もう誰もいないんだなと、そのときは不思議と素直に受け入れられた。

そして、ほんとうの気持ちに気付いたのは、退院した日のこと。
夜ベッドに入り、物音ひとつしない自宅がこんなにも辛いものだと、初めて分かった。

今はもう、絵の具もパレットも画板も、
そして、書き上げた何十枚の思い出も、みんな倉庫の中に眠っている。

絵が嫌いになったわけではない。
描いても、見てくれる人など誰もいないことに、描く意味などない。
それに、歩くことも満足にできないこの身体では、どうにもならないと感じたからだ。


10年ほど前に描いた白い花の絵。
それを膝の上に置き、彼はゆっくりと話してくれた。

だからそのとき僕は、もう一度絵を描きませんかと言ってみた。
歩けないなら、昔撮ってきた写真を画材にすればいいと言ってみた。

彼は笑いながら断った。
自信がなかったからだろうか。それとも冗談だと思ったのだろうか。

見てくれる人ならいる。それも全国に。
その目標を示し、週一回の訪問日に何度も話してみた。

彼はずっと笑って聞いていたけれど、
ベッドサイドに真っ白な色紙と、絵の具が置かれているのに気付いたのは、
彼が話をしてくれてから、数か月の後のことだった。

しばらくはそのことに触れずにいたけれど、
「ありがとうな」と口にする彼の表情が、穏やかになっていく度に、
僕はなんだか、安心したような気持ちにさせられた。


そしてそれから数か月。先週、一枚の絵が完成した。
桜の季節に染まった錦帯橋。
聞けば雑誌の写真を切り抜いて、それを画材にしたとのこと。

「まだまだだけどなぁ」
照れながら見せる彼の笑顔に、僕は胸がいっぱいになった。

初めは同情の気持ちだったかもしれない。
でも、必要のない同情はただの差別にしかならない。

ただ話を聞くだけではなく、ただ一緒に立ち止まるだけでなく、
気持ちを形にするために、できることがあるなら一緒に探していきたい。

そんな僕の気持ちなど、恐らく伝わってはいないけれど、
彼は今週から、二枚目の絵を描き始めている。
題材は、昔旅行先で撮ってきた川の写真。

妻はもういない。
完成まで一緒に画材を見つめる人は、もう傍にはいない。

でも、それが分かって尚、いちばん大事なものが遠くへ行ってしまわないように、
彼は再び描き始めたのかもしれい。


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by hiro-ito55 | 2015-02-04 00:13 | 作業療法 | Comments(3)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


by いとちゅー