考える生き方のヒント       ~今、伝えたいこと~

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今、確かに強く握りしめた両手を
その手に何を掴んできたのか
その手から何が滑り落ちていったのか
その手でどんな世界と繋がろうとしてきたのか

そこに刻まれた無数の皺は、あなたが辿ってきた軌跡そのもの
掌の中に、生きてきた証が刻まれている

力衰え、歩むことの恐ろしさを知ってしまった今でも、
その手で包み込もうとした、希望や夢の軌跡がそこにある

それらがそこに刻まれたことの、本当の意味を知っているのは君自身のはずだ

たとえ、思い描く景色の中に誰も映らなくとも、
空に向かい、真っすぐに掲げたその拳は、風を突き闇に翻る君の情熱そのものだ

高く翳したその手に、きっと届かない夢などない 掴めない未来などない
君自身で自ら拳を降ろさない限り、それらはどこにも逃げてなどいかない

それに気付いたとき、君の情熱は孤高にして揺るぎない意志となる
その気高さが、君を支える軌跡となる

力いっぱい掲げた皺だらけの君の手は、きっとどんな宝石よりも美しい
風を突き、闇を払うその情熱こそ、これからの君の生きる軌跡となれ



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by hiro-ito55 | 2014-10-30 21:50 | 美意識 | Comments(0)

自分を変えてくれた言葉


―自分の期待したような反応が返ってくると思っちゃいけないよ。―
これは昔、職場のある先輩が僕にかけてくれた言葉。
そして、僕を変えてくれた言葉でもある。

OTとして三年目の夏、
人事異動で、老健のOT部門立ち上げに携わったときのこと。
他職種の人たちに、作業療法とは何なのかを説明しなければならなかった。

そのために、学生時代の教科書を読み返したり、文献を調べてみたりしたけれど、
どうせ説明するなら自分の言葉で説明したいというのが、僕の思いだった。

人の言葉ではなく、自分の言葉で語るほうが自分自身も納得のいく説明ができる、
という思いがあったからだ。

自分の仕事について知り、それを自分なりに消化するために、
そうすることはとても良い経験になったのだけれど、
どう話せば上手く伝わるのだろうと、実はとても悩んでいた。

というのも、
そこの施設は、僕が配属されるまでの15年あまりの間、
一度としてOTが働いたことのない職場だったからだ。

僕が初めてのOT。誰も、OTについて何たるかを知る人はいない。
だから、配属されて最初の数週間は、好奇心から僕の仕事をじっと観察する人、
それとは反対に鵜の目鷹の目で眺める人、そんないろんな好奇の目が僕に注がれていた。

彼らが抱いていたのは、「あなたは何をする人なの。」という共通の疑問だった。
その疑問に応えるため、上司の勧めで職員向けにOTの説明会を開くことになった。

施設内研修の場で30分、施設長からヘルパーさんまで、
OTについて何も知らない職員の前で、自分は何者であり、どんな仕事をするのか、
それを自分の言葉で、分かり易く説明しなければならない。

駆け出しのOTとはいえ、施設でのOTの歴史を作っていく立場になったのだから、
誤解のないようにしなければいけない。

一人思い悩んでいたとき、PTの先輩に声をかけられた。
「自分の期待したような反応が返ってくると思っちゃいけないよ。」

この言葉で、すっと楽になった。
それまで僕は、部門立ち上げのプレッシャーや、OTとしての責任感とは別に、
どこか、人の反応を期待してしまうようなところがあった。

スタッフに対しても、患者さんに対しても、
自分のやることに対し、こういう反応が返ってくるといいなという期待を、
知らず知らずのうちに込めて、仕事をするようなところがあった。

それは「予測」とは違う、なんというか、見返りに近いもので、
思い通りのそれを待ち望むから、自分も相手もどんどん窮屈になっていってしまう。
そんなことを臨床に出てから、何度となく経験していた。

「こうなる」と予測することは大事。でもそれは期待することとは違う。
期待は、見返りを求める立派なエゴだ。

それを、先輩の何気ない一言で気付かせてもらえたことで、
それ以来、職員の好奇の目も気にならなくなった。

OTの説明会でも、自分の言葉で説明し、
どんな質問に対しても、自分の考えを素直に伝えることができた。


自分の期待したような反応が返ってくると思わないこと。
それは、どんな反応でも受け取るという覚悟を、自分の中で決めることだと思う。

その覚悟をひとつ持つことで、
自然と、前よりも利用者さんの話を聞きたいと思えるようになっていった。
自分の予測に反することがあっても、それを多角的に受け取れるようになっていった。

そしてそこから、
OTとして出来ることを、利用者さんと一緒に探し出していくのだということ、
その大切さと重みを、それ以来数多く経験させてもらったように思う。


その職場を辞めてから、もう七年が経つ....。
この前、元同僚のSTさんに会ったけれど、
未だに僕のことを覚えていて、懐かしんで下さる利用者さんが多くいるという。

それを聞いて僕は、感謝の気持ちでいっぱいになった。

あの職場で経験した濃厚なOTの日々と、その後の僕の成長があったのは、
先輩から頂いた言葉があったからだ。
僕は未だにそう思っている。


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by hiro-ito55 | 2014-10-22 19:11 | 作業療法 | Comments(0)

理学療法と作業療法って、どう違うの?
って、たまに聞かれることがある。

特に僕の場合、看護師さんやケアマネさんから聞かれることが多い。
そのたびにあれこれと説明するけれど、
それが、ちゃんと相手に上手く伝わっているかどうかはアヤシイ。
きっと、僕の説明の仕方がよくないんだろうね...。


他職種の人から見たら、
理学療法士も作業療法士も、同じようにリハビリをする人たちだし、
ケアマネさんだって、両者を区別してリハを依頼するわけではない。

でも、ちょっと残念なのは、
サービス担当者会議の記録なんかを見ると、
僕の職種の欄に「理学療法士」って書いてあること。
いや、あるっていうか、正直今まで「作業療法士」って書いてもらった試しがない。

で、「僕は作業療法士です」と説明すると、返ってくる言葉が冒頭の質問。

変な誤解を恐れずに言うと、
理学療法士さんは、人の身体運動や動作の基礎を作る人たち。
そのために、運動療法や物理療法を駆使して、座位練習や立位練習、歩行練習などを行う。

作業療法士は、座れるようになったこと、立てるようになったこと、
或いは、歩けるようになったことで、その人が何をできるかに多くの着眼点を置く。

もちろん、理学療法士さんたちも、
作業療法士的な視点でリハを進める方もいるし、逆の場合もある。

現に訪問リハビリでは、
互いの分野がオーバーラップして仕事をしているPT・OTも数多くいる。

PT・OT両者が所属している職場ならいいけれど、僕みたいにOT一人の職場だと、
動作ができるようになったことでできる可能性を作り出す前に、
座位練習や歩行練習を行わなければならない場合も多いので、
上記のような棲み分けに拘ると、在宅リハとして成り立っていかない。

そういう事情が、PT・OT両者の区別を困難にしているとは思うけれど、
そういった事情を作り出している根本には、
僕らの仕事が業務独占ではなく、名称独占にあるのだということにある。

例えば、手術や薬の処方箋を出すのは、医師にしかできない仕事。
僕らがそれを行うことはできないし、やってしまったらそれは犯罪になってしまう。
これが、業務独占と呼ばれるもの。

名称独占とは、
例えばAさんという理学療法士が歩行練習を行えば、それは理学療法となる。
そして、同じことをBさんという作業療法士が行えば、それは作業療法ということになる。

つまり、
Aさんが行うから理学療法になるのだし、Bさんが行うから作業療法になるのであって、
たとえそれが同じ内容のリハであったとしても、その名称を勝手に変えることはできない。

そして、
AさんBさんは、それぞれ理学療法・作業療法という名称を独占しているのだから、
例えばAさんが作業的なリハを提供しても、それを作業療法としてしまうこと、
そういう逆の場合も、不可ということになる。

これが、名称独占と呼ばれるもの。

理学療法士だから、作業的なリハの提供を禁止されているのではなく、
或いは作業療法士だから、歩行訓練を行ってはいけないのではなく、
両者の立場によって、それぞれの名称が変わってしまうという事情が、
他職種から見た場合に、その区別を分かりにくくしているように思う。

実際に僕の場合でも、PTさんから学ぶことは多いし、
仕事の面で、それを参考にさせて頂く場合も数多くある。

でも、僕が行うからそれは作業療法になるのであって、
それが理学療法ではないことは、名称独占によって担保されているということ。

それを他職種の方に理解して頂くためには、
こういう特異な事情があることを、上手く説明できるようにしなくちゃいけない。
僕ら自身が自分たちのアイデンティティーを知るためにも、それは必要なことだと思う。


*2016/09/05 この記事について補足しました。
 ⇒(補足)―PTとOTの違いを上手く説明するために―』 



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by hiro-ito55 | 2014-10-13 18:06 | 作業療法 | Comments(0)

仕事が終わっても、
ふと気づけば、利用者さんのことをあれこれと考えているときがある。

たとえば、ここ半年ほどで困難事例化してしまった方がいる。
これは、精神的フォローの甘さをきっかけに、鬱症状を加速させてしまったひとつの例。

今から1年半ほど前、
退院をきっかけにして、その方に訪問看護とリハが入ることになった。
そして、半年ほどでデイサービスの利用に結びつけることができた。

本来なら、ここで訪問リハは終了となる予定だったけど、
奥さまとご本人の強い希望もあり、そのまま継続の運びとなった。

理由は、対人交流目的で利用する今回のデイサービスでは、
ご本人の納得のいくリハが、できなくなることを恐れてのこと。

それでも、最初は不安に思っていたデイにも2か月ほどで慣れ、
訪問リハ、デイそれぞれ週二回の利用が可能となっていった。


半年ほどは、順調に進んでいっているように思えた。
ただひとつ気掛かりなのは、入院中に希死念慮と思われる言動があったという事実。

直接のきっかけは、たまたまお見舞いにきていたご近所の方の、
「ご主人、私の思っていた状態より悪いのね。」という心無い一言。
それを機に、一時的に鬱状態に陥っていたことがある。

退院する頃には回復していたけれど、
リハを進めている間も、いつもと違う体調や新しいことに対する不安と警戒心、
それらが特に強いと感じてはいた。


そして、最初のきっかけは意外なところから始まった。
合わなくなった入れ歯を作り直すため、訪問歯科診療を受け始めたときのこと。

入れ歯を引っ掛けるためのブリッジを、
2本にするか1本にするかというごく些細なことで、奥さまとご本人の意見が割れた。

奥さまは、入れ歯の着脱を自分でしやすいようにと1本を希望されたが、
ご本人は、脱着の手間よりも入れ歯が安定する2本でと言い張った。

結局、話し合いを重ねてブリッジは1本でということになったのだが、
そこから、ご本人の様子が明らかに変わってしまった。

まず、奥さまの作った料理をよく残すようになった。
理由は料理の味付けとかではなく、
入れ歯の固定方法に関することだというのは明らかだったけど、
奥さまはそれでは納得がいかない。

どうして食べないのだ、私が作ったのが気に入らないのかと、
度々ご本人に不満を漏らしていたようだ。

そして行き場のない奥さまの不満は、介護全般のことに向けられた。
夫は私の介護には非協力的だと、感じるようになっていったのである。

ケアマネさんも、看護師さんも、そして僕も、
訪問する度に誤解を解きつつ、奥さまの不満を傾聴する日が続いた。

そして、そうした気持ちをうまく解消しきれなかったことが、
ご本人の心を、時間を掛けて悪い方向へと導いていった。

「あなたたちは妻の話ばかり聞いて、俺の気持ちは分かってくれないのか。」
いつしかご本人の気持ちは、やり切れなさと孤立感で満たされていく....。


そして半年ほど前から、
そうした気持ちがはっきりと態度に現れるようになった。

訪問時、
布団を頭から引っ被って、人との関わりを拒否するようになったこと。
バイタルの測定さえ拒む日も、度々みられるようになったこと。
ご本人に話しかけても、布団を被って何も話そうとしない。
やり切れなさは、ときに暴力となって現れることもある。

デイに行かない日も増えてきた。
一日中ベッドから出てこない日も、このところ目立つようになってきた。

そしてそうかと思えば、奥さまの外出している隙に一人で歩き出し、
階段や庭先で転んでケガをするという事故が、度々起こるようになってきた。
奥さまからの連絡を受け、看護師と僕が急きょ駆け付けたこともあった。

鬱症状による無動と、不安から来る落ち着きの無さが、行動と結びついてしまう現実。
精神のバランスを崩しているのは、誰の目にも明らかだった。


全ての言動は、不安や孤立感から来るものだというのが、僕らの一致した見解。
そのため、まずしなければならないことは、ご本人との関係性を再構築していくこと。
そして、奥さまとの関係性も、見直さなければならない段階にある。

この事例を通して、対人支援の難しさを痛感している。
けれど、在宅生活継続のため、それぞれができることを今は探さなければいけない。

確かに、一度崩れてしまった関係性を修復するには、時間が掛かるかもしれないが、
支援の対象がご本人だけでなく、それを支えるご家族にも行き届くよう、
今一度考えてみたいと思う。


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by hiro-ito55 | 2014-10-08 19:25 | 医療・福祉・対人支援 | Comments(0)

イロトリドリノセカイ


白か黒か、そんなものをどこまで望んでいるのだろうか。

私とあなたはちょっとだけ違うもの。その隣の人もまた、ちょっとだけ違っている。
そしてそのまた隣の人も....。

そうやって、
淡いグラデーションを描いて、僕らの世界は在るんじゃないだろうか。

みんなちょっとだけ違うから、きっと僕らは一緒に頑張れる。
みんなちょっとだけ違うから、きっとまた会いたいと思う気持ちも湧いてくる。
そして、違う誰かとしてのその人を、認めていくことができる。


僕らは、
淡いグラデーションの中に、それぞれの軸を持っている。
違う空の下、それぞれの色を描いて在る中に、僕らの持つ魂の豊かさは宿っている。

そしてその豊かさは、
共感という名の、それぞれの感受性によって惹かれ合うのだということを、
忘れてはいけない。

私は私の色を持っている。
それは、ときに強烈な個性を放ったり、誰かの色と混じり合ったりする。

けれどその色は、誰かを退けたときに現れるものではない。
自分や相手を本当に知りたいと思ったときに、その誰かの色は現れてくれる。
その人自身の中にも、それを感じる誰かの中にも現れてくる...。

それが、
誰かを知るということ。
私を知るということ。

みんな一緒でもなく、あなたと私は全く違うのでもなく、
みんなそれぞれの色を持って在るということ、

それが、掛けがえのない魅力になっていくのだと気付くのに、
僕らは少し、自分や相手に対するアンティミテという感性に、鈍感になっているのかもしれない。

それとも、それが当たり前だと思えなくなるほどに、
僕らの世界は、複雑になり過ぎているのだろうか....。


たとえ震える身体であっても、怯える心であっても構わない。
みんな違う、イロトリドリノセカイ。

その中で、自分の色で輝けばいいと気付くために、
ときに僕らは、あまりにも遠回りしてはいないだろうか....。


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by hiro-ito55 | 2014-10-01 18:25 | 美意識 | Comments(0)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


by いとちゅー