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コクリコクリ....


先日、ある利用者さんから、
一人で自宅の風呂に入りたいという依頼を受けた。

その利用者さんのご主人も腰痛があるため、
介助負担軽減のためにも、ぜひそうなってほしいとの要望を頂いた。


で、今日はそのことについて書こうと思ったけど、
ここ数週間忙しいせいか、パソコンに向かいながらコクリコクリとしてしまう...。

それでもなんとなく書こうとすると、なんだか全部が纏まりのないものに...。
一日の出来事を、或いはそれまでの経緯を辿りながら書いてみるけれど、
結局、言葉があっちへ飛んだり、こっちへ飛んだりとしてしまう。

こういうときは、
どうも落ち着いて書くというわけにはいかないんだなと、改めて感じる。


僕の日常には、利用者さん本人だけでなく、
それを支える人の数だけ、それぞれが抱える思いというものが、確かにある。

その中で、僕にもその都度思う事があって立ち止まってみるけれど、
それらを言葉にしないと、すぐにいろんな雑音の中に霧散してしまうことの難しさ。
一日だけ振り返ってみても、消えてしまう言葉のなんと多いことかということに気付く。

当たり前に過ぎ去っていく毎日。
それらが埋もれてしまわないように、そう願いながら、今日一日が過ぎていく。


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by hiro-ito55 | 2014-05-28 21:44 | 日常あれこれ | Comments(0)

いつかの青年


二十歳の頃。
念願の一人暮らし。
成長しても親と同居しているそんな自分が嫌で、県外の公立大学を受験。
そして始めた、見知らぬ土地での生活。

一人家を出たい一心で始めた一人暮らしだったけど、
学費と家賃は親からの仕送り。
だから、完全な自立生活とはいかなかった。

けれどせめて、中途半端なことだけはするまいと、
バイトも勉強も精一杯取り組んだ。
ただ、がむしゃらに...。

生活に余裕などなく、
上手く立ち回る狡猾さも、人を気遣う優しささえも、持ち合わせていなかった。

そんなものなどなくても、なんとか生きていけたあの頃...。

やがて色んな人と出会い、別れを繰り返す中で、
青年は、ただがむしゃらなだけでは、生きていけないことに気付いていく。

立ち止まり風を読み、耳を澄まし、目に見える景色の中で声を聴く。
そうして、一人じゃないということも知っていく。

僕を取り巻く世界。
迎える自分は、震える身体でも、怯える心であってもいい。
ただ、がむしゃらに生きているだけでは、
前から後ろに流れ去っていく、
そんな景色しか、見えないことに気付いていく。

それはちょうど、猛スピードで車を跳ばす運転手の視野が、
限りなく点に近づいていくことに似ている気がした。

身に着けた感受性は、彼の人生を疾走していくかのようだ。
だから青年は、自分の言葉を持とうと思った。
自分の言葉をコンパスに、疾走するその景色を見届けてみたいと願った。

不規則に交わる雑踏の中、聞こえる声はどこからか。
目に止まる景色は何色か。
それをしっかりと見定めていくことが、彼の願い。

嬉しいことは、素直に嬉しいと感じること。
悲しいことは、ただ悲しいと思えること。

それを見定め、
人のそれをも受け止め分け合うためには、何が必要か。

きっと、青年の守るべきものは感受性。
闘う武器は、それを見定める言葉の中にある。

自分の言葉を手にするとは、大地に種を蒔くこと。
自分のできることを探していくのは、それを耕していくこと。

今はざわめく景色の中で、そう思えたときに青年は、
本当の意味での成長を、見届けていくための力を知った。


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by hiro-ito55 | 2014-05-21 21:40 | 哲学・考え方 | Comments(0)

生者の行方


このブログでも何度か紹介しましたが、
僕の担当する利用者さんの中に、重症筋無力症(MG)を患った32歳の女性がいます。

昨年、OTジャーナルでも連載をされた方で、
今回彼女から直接全連載のコピーを頂いたので、改めて読み返してみました。

ごく普通に、当たり前のように毎日を送っていた彼女が、
突然MGという難病を患ったのは24歳のときでした。
連載の中で、彼女はこう述べています。

―私が、障害を持って生活していく過程は、あきらめの連続でした。
誤嚥性肺炎を防ぐには、口から食べることをあきらめて経管栄養や中心静脈栄養にするしかありませんでした。さらに続く肺炎に、喉頭分離術をすることで声を失うことを選択するしかありませんでした。
人工呼吸器を常時装着することも、自分の生活を有意義にするためには仕方なかったと思います。
とにかく、今の生活のあらゆることが、あきらめた結果あるように思います。
今まで普通だと思ってきた体の機能や生活習慣をあきらめたうえで、今の私の生活は成り立っています。
そのため、数多くある障害受容の文献のどれを読んでも、当事者の気持ちが置き去りにされているような、そんな気持ちになってしまいました。それを不快と感じたのだと思います。―


―受け入れるとか、受け入れないとか、そんなことではなく、
生活していくうえで「折り合いをつけていく」というのが一番近いのかもしれません。
歩けないことを受け入れたから、車いすに乗っているのではなくて、ただ生活していく移動手段として仕方なく使っているという感じです。
移動手段がなくては、ただの寝たきりになってしまうので仕方ないのです。
だって、歩けるのなら歩きたいのだから......。―

               ~患者と治療者との間を生きる―最終回―「障害受容」~




喉頭分離術によって声まで奪われ、
会話による、当たり前のコミュニケーション能力を著しく損なわれた彼女は、
そうなってしまったときの心境を、こう語っています。

―文字盤を指している最中に、目を反らしたり、他のことをすることは、話の最中に耳を塞ぐのと同じことだと思います。馬鹿にされているのだなと思い、悲しくなります。
文字盤は、会話を楽しむものではありません。用件を簡潔に伝えるものなのです。
いつも用件を伝えるだけの会話で終わります。雑談なんてできません。
いつも必要最低限の会話だけの生活です。
そんな生活の中、座って話を聞いてくれるのは本当に嬉しいものなのです。
時間がなくて、実際には話ができないことも多々ありますが、その気持ちが嬉しいのです。
何かのついでではなく、話をするために時間を割こうとしてくれること、
「聞こう」ということに集中してくれる姿に安心するのでした。
また、車いすや寝たきりの生活になると、人との会話は基本的に見上げるかたちになります。
いつも上から声が降ってきます。口調がきついわけでもなく、命令口調なわけでもなくても、なんだか頭ごなしに言われているようにとらえてしまうこともあります。
そんなとき、私の高さに合わせてくれる気遣いがとてもうれしく感じました。
自分のことを考えてくれているような、そんな気持ちになったような気がします。―

        ~患者と治療者との間を生きる―第1回―「自己紹介と闘病について」~



彼女自身が述べているように、
MG受傷後の彼女の人生が、「あきらめ」と「折り合い」の連続で、
自分のダイレクトな思いを伝えるための、コミュニケーション手段をも奪われたのならば、
その思いに触れたとき、僕は何とも言いようのないような脱力感と無力感を覚えました。

彼女が患ったMGという病は、
先天性障害ではなく中途障害と呼ばれるものです。

それまで当たり前のように行えていたことが、
突然できなくなっていくこの病と向き合ったとき、
障害を「自分の一部」と考える者と、障害は「害」であると考える私では、
障害に対する捉え方がまったく異なるのだと、彼女は述べています。

僕らは、この患者さんは障害受容ができているだとか、できていないだとか、
そんなふうに、患者さんの心の葛藤を簡単に分けて捉えてしまうことがあります。

諦めから始まり、無理やりにでも折り合いをつけていくしかない、
そういう方向でしか、自分の人生を組み立てていくことができない、
そういう立場に立たされた患者さん自身の葛藤を、僕らは本当に考えているのだろうか。

受容と諦め、そして折り合いを付けていくこと、
受傷からいくら経過しようが、それが毎日のように押し寄せてくるその中で、
自分の力で、自分自身の確からしさを保っていかなくてはならない。

彼女の告白は、障害受容というものが、医療職が考えるような段階付け通りには、
けっしていかないということを、はっきりと示してくれています。


夢や希望や仕事、そして誰かと他愛のない話をするコミュニケーションさえも、
諦め、そこに折り合いをつけていくしかない人。

その苦しみを他人が理解するのは、とても難しいことです。
まして、健常者である人間が、それを本当の意味で理解するのは、
ほぼ不可能に近いものなのかもしれません。

後天的に障害を抱えた人の中には、そういうことで苦しむ人もいると思います。
彼女自身も、ずっとそういう苦しみを抱えてきた人でした。

でも彼女は、他者に対して、自分自身のそういう葛藤を理解してもらうことよりも、
障害があっても、折り合いをつけていかなくてはいけないことを理解し、
そのための方法を見つけていくことに協力してほしいと、
そう考えるようになりました。

僕は、そこに彼女自身の人生に対する希望を見ています。
誰も自分のことを理解してくれない、或いは自分は一人ぼっちだ、
そう考えてしまえば、出口はきっと見えないままでしょう。

彼女自身、そんなことは百も承知なのではないでしょうか。
それを充分に理解したうえで、闘おうとしている。僕にはそう思えてなりません。


障害者であり、OTでもあること...。
これは、彼女自身に与えられた苦しみや悲しみでもあるけれど、
その両足でしっかりと踏ん張り、寄り添うことのできる、
彼女自身の大地であるように思います。

それを基盤としながら、彼女自身が自分の「形」を作っていくのであるならば、
その形は、何物にも代えがたい意味を持つことになるのだろうと思えてくるし、
そこに、他者からの支援の形というものも、存在するのではないかと感じています。

患者さんの抱える悲しみや苦しみを敏感に感じ取り、
それに共感することは、とても大切なことです。

でも、周りの人間がそれに呼応しているだけでは、
患者さんの抱える苦しみを、一層深くしていくだけなのかもしれません。


彼女を担当するようになってから、早いもので一年が経ちます。
そしてその間、僕にはずっと考えてきたことがあります。

それは、
彼女が医療職に従事する支援者に求めるものは、「障害者」としての自分ではなく、
「OTとして生きられる形を理解し、協力できるものを示すこと」だということです。

そのために、けっして満足のいく形を示せずにいる自分自身を、
非常にもどかしく感じてはいるのですが、
彼女自身の形はきっとそこにあると信じて、具体的な支援の形をずっと探しています。


突然の受傷から8年――。
その間、そこにあったそれまでの人生の永遠の不在を、
彼女は自分自身の力で、これから乗り越えようとしている、
僕にはそう思えてならないからこそ、支援の形もそこにあると思えてくるのです。


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by hiro-ito55 | 2014-05-13 00:01 | 作業療法 | Comments(2)

草枕


のんびりと過ごしたゴールデンウィークも、今日で最終日。
天気も良かったので、近くの公園で部屋の掃除がてら見つけた本を読み返してみた。

見つけたのは、夏目漱石の「草枕」。
この冒頭の文章は、いつ読んでも美しいと思う。


山路を登りながら、こう考えた。
知に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。
とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。
どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画ができる。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。
やはり向う三軒両隣りにちらちらする唯の人である。
唯の人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。
あれば人でなしの国へ行くばかりだ。
人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

越すことのならぬ世が住みにくければ、
住みにくい所をどれほどか寛容(くつろげ)て、束の間の命を、
束の間でも住みよくせねばならぬ。
ここに詩人という天職ができて、ここに画家という使命が降る。
あらゆる芸術の士は人の世を長閑(のどか)にし、
人の心を豊かにするがゆえに尊とい。

                 ― 夏目漱石 「草枕」―


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by hiro-ito55 | 2014-05-06 18:51 | 日常あれこれ | Comments(0)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


by いとちゅー
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