考える生き方のヒント       ~今、伝えたいこと~

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手に装着する自助具の中に、万能カフというものがあります。
手のひら側に付いたポケットの中に、スプーンやフォークを指して使う道具ですが、
あれ、既製品で購入すると確か2,000円ぐらいだったと思うけれど、
これって、けっこう高い買い物だったりする。

そんなことを、訪問リハでおジャマしてるOTさんと話したところ、
「いいよ。ワタシ作ったげる。」と、二つ返事。

んで、出来上がったのがコレ。

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特徴は、
既製品ではマジックで固定する部分を、プラスチックのバックルにしたところ(赤矢印)。
そして、カフがより手に密着するように、「しぼり」の部分を設けたこと(青矢印)。

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この話を持ち込むときに、
「マジックだと使い続けたときに、どうしても粘着性が低下するよね。」
「軽くて、もっと手に馴染むものはないかな。」
などと話してた。

だからこれは、その条件を見事にクリア。
素材が布なので、これなら隙間なく手の形に合わせて装着できます。

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因みに、スプーンなどを差し込むポケットの部分、
外からは見えないけれど、
強度を確保するため、中にプラスチックの板が埋め込まれています(赤矢印)。

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としさん、
体調悪い中、無理言って作ってくれてありがとね(^_^)。
いつも感謝です。


*関連記事:『ハンドメイド自助具と補助具』








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by hiro-ito55 | 2014-03-24 16:46 | 作業療法 | Comments(6)

信念というもの


今、たとえ現実がどんなものであろうとも、
あなたの持つ信念は、少なからず今のあなた自身を作ってきたのかもしれない。

僕は今、そんなふうに感じている。

たとえば、
あなたが今幸せだと感じるのも、反対に不幸だと思えてしまうのも、
それらはひょっとしたら、ずっとあなたの望んできた形であるのかもしれない。

自分自身の力では、
どうしようもできない現実というものも、確かにあっただろう。

けれどあなたを、
今の姿に導くようなあなた自身の信念も、そこにはあったはず。

たとえば、
「自分には価値がない」「誰も、ワタシを大切にしてくれない」
と思い込んでしまうのも、立派な信念。

私にはできることがない、大切に思えるものがない、
どうやってもそう感じてしまうのは、とても不幸なことだと思う。

でも僕は、そう考えるあなたを責めたいんじゃない。

ただ、あなた自身が感じているその現実というものは、
実はその自己暗示に似た思いが、
やがて確信に変わってしまっただけのことなのかもしれない、
そんなふうに思ってしまうというだけのこと。


誰かが言っていた。
自分にはできないと思い込んでいる人は、
やりたくないと思っているのと同じだということを。

確かに、何を信じ、何を感じ、何を学んでここまで来たのかは、
全てあなた自身の選択によるものなのかもしれない。

その選択が、もしあなた自身の信念によるものならば、
今のあなたの姿というのは、それが現実化したものなのかもしれない。

そしてその現実が、もし不幸なものであるのなら、
今ひとつ振り返ってみてほしいと思う。

あなたの持つ信念も、
少なからず、今のあなた自身を作ってきたのかもしれないということを。

そして同時に、
たとえ今は自信を持てなくても、自分の足で歩き出してほしいと願う。

それが、紛れもない僕自身の願いであるならば、
僕は、あなたの近くに寄り添いながら贈りたい。

大丈夫。
あなたにも、きっとできるということを。

そしてそれが、
他ならぬ僕自身の信念であるのだということを。


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by hiro-ito55 | 2014-03-18 20:55 | 哲学・考え方 | Comments(4)

階段と手摺りの設置


以前の記事でも紹介しましたが、屋外歩行をするようになった利用者さん。

屋外歩行に限らず、病院受診も買い物も、出掛けるときは玄関ではなく、
リビングの外にあるベランダから家の駐車場に降りて、直接車に乗り込みます。

そこでネックとなっていたのが、ベランダのこのスペース。

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ご主人の介助の下でリビングから出入りしていたのですが、
足元の段が高く不安定で、掴まるところも限られているため、
介助する方もされる方も、身体的な負担が大きくたいへんでした。

そこで今回は、住宅改修の制度を利用して、手摺りと階段を取り付けることに。
担当ケアマネさんとよく相談して、業者さんにも入って頂き、
そして出来上がったのがこれ。

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写真では分かりませんが、
階段の上の部分には、両側に斜めの手摺りが付いています。
しかも、段の部分は滑り止め加工がされているため、これで雨の日の出入りも安心。

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手摺りの位置、段の高さ、ともにベストマッチングで、
これで外出が随分と楽になりました。









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by hiro-ito55 | 2014-03-10 17:46 | 作業療法 | Comments(0)

人となり


僕の肩書は、作業療法士。
だから、リハビリで患者さんと接するときには、
当然、作業療法士として関わっていきます。

けれど患者さんはというと、
きっと僕のことを、作業療法士という肩書だけで見ているわけではなく、
僕自身の「人となり」というものも、しっかりと見ています。

ちょうど僕らもまた、
リハビリをしていくときには、患者さんの立場としてのその人だけではなく、
生活者としてのその人を、見ていかなければいけないように。

特に訪問リハという仕事をしていると、
患者さんたちは、患者と生活者という、自分のその両方を見てほしい、
と望んでいることが多いように感じます。

それはかんたんに言えば、リハビリを通して、
一人の人間として見てくれるのを望んでいる、ということだと思います。


だから、
患者さんが、僕らの人間性みたいなものも含めて見ているのと同じように、
僕らも、患者さんを一人の人間として見ていこうとすること。

それは、
お互いがリハビリを通して、人として関わり合っていきながら、
僕自身は、「専門家としての自分」と「人となり」、
そのバランスの上で、仕事の質が問われているのだと思っています。


その人の仕事振りには、その人の人間性が必ず現れます。
雑な人は、雑な仕事をするもの。
いつもイライラしている人は、それが相手にも伝わってしまうもの。

どんなにきめ細やかに仕事をしているつもりでも、
そういったものは必ず、その人の仕事の仕方に反映されます。

だから、仕事の質が問われるというのは、
仕事を通して、具体的に、自分自身がどう生きるかを知っていくこと、
それと同じことなのだと思います。


本格的に、訪問リハという仕事に携わるようになって丸一年ですが、
これからも、少しずつでも相手を知り、自分を知り、
知った上で、何ができるかを選択していけるように。

そしてその選択が、よりよいものであるようにしていきたい、
という思いは、今も変わっていません。

患者さんとともに様々なものを選択していける、その過程で、
もしリハビリが、患者さんを、一人の人間として見ていく仕事であれば、
セラピスト自身も、それに相応しい人になっていかなければいけない、
ということも忘れずに...。


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by hiro-ito55 | 2014-03-03 22:07 | 作業療法 | Comments(0)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


by いとちゅー