考える生き方のヒント       ~今、伝えたいこと~

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この仕事を通じ、人と接している中で、
どうしても割り切れないもの、そんなものに出会うことがある。

たとえば、
その人の悲しみは、その人のもの。
それを見つけたとき、どう処理してよいか戸惑うことがある。

理論的に、或いは分析的にと、経験から浮き上がった言葉にしてみれば、
それはすぐに、抽象的で空虚な絵空事と化してしまう。

およそ人間、
喜びや悲しみ、苦悩、そういった生きることに対する実感は、
全員が、同じように知らなければいけないというところにはないから。

その人の悲しみは、その人のもの。
誰のものでもない。

それを理解するのに、科学的な任意な考えが入り込む余地はない。
そういう反省のないところに、人への共感や共有などないだろう。
また、合理的な解釈から、僕らがそれらに出会うこともけっしてない。

その人の悲しみは、その人のものだけれど、
それに触れれば、それはいつでも割り切れないもの。

たぶんそれは、
容易に近づき共感することを拒む、そんな力を持った言葉のようなものかもしれない。

だからこれに出会い、向き合ったとき、
他人はそれぞれ、己自身に向かって己自身の言葉で語りかけることでしか、
これに上手く対することができないだろう。

人の一切のものを、正しく客観的に説明する必要はないけれど、
そうやってみんな、互いに生きていく上での実感を我がものにしようと、
その深さに触れるものなのかもしれない。


その人の悲しみは、その人のもの。
そこには同時に、戸惑う僕もいる...。



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by hiro-ito55 | 2014-01-21 00:01 | 哲学・考え方 | Comments(2)

光の中に


暗がりの中、
不規則に明滅する明かり以外、何も響かない静かな部屋...。

誰もいないその場所で、一人痛みに耐える夜...。

それがどんなに心細いものであるのか、
他人である僕にそれを想像できたとしても、うまく言葉にすることができない。

その人はずっと孤独だった。
でも僕は知っている。
孤独の中に夢もあった、希望もあったということを。

けれど今は、それさえも全て遠い過去のこと...。

だから僕は思う。
たとえばあなたと居た日々。
そこに少しでも夢や希望はあったのだろうかと。

もしあったとしても、あなたの病気は、
それがこれからも続くなんて保証は、実はどこにもないという現実を突き付けている。

だからせめて、今まで共に過ごせた日々。
それが、あなたにとっても掛けがえのない時間であったとすれば、
たった一言だけでも、今あなたに伝えておきたい。

ありがとう。






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by hiro-ito55 | 2014-01-13 22:17 | 音楽 | Comments(1)

自分のやり方で


どうしてこんな世の中に生まれたんだろうとか、
どうしてこんな考え方しかできないんだろうとか...。
そんなものに、一度は悩んだことがある人もいると思う(僕は大いにある)。

でも、この時代に生まれたということ、
それは確かに、自分ではどうしようもできないことだけれど、
どう生きるかは、いつだってその人の自由ではないだろうか。

だから、
自分の感じることや、大切だなと思うことに忠実であればいいし、
それらに対する信頼を、それぞれの経験からそれぞれの力量によって育て上げればいい。

それが、他ならぬ自分の生を生きることであると思うし、
また、自由というのは、そういうところから生まれるものだと思う。


今を否定し、過去を後悔するのではなく、
確かに歩んできたという過去を大切に思い、今を信頼できるものに変えていく、
そういう連続性の維持の上に、未来への自由の種は、蒔かれていくのだと思う。

少なくとも、人間らしく生き抜くというのは、
そういう経験を、絶えず積み重ねていくことだろう。

誰であろうと、他人の人生を歩むことはできない。
誰もが自分のやり方で、この世を渡っていかなければならない。

そういう具体的で、困難な課題に向き合ったとき、
人は自分の力量に合わせて、本当の努力を始める。
その努力が、自分自身を知るための、それぞれの道を作っていくのだと信じて。


それでも万が一、見失いそうになったときには、
僕はふと、このコトバを思い出すことがある。

この有名な詩は、事ある毎に自分自身を勇気付けてきたように思うので、
今日は最後にその詩を紹介します。
たいへん厳しい詩ですが、皆さんはどう感じるでしょうか...。



     ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな
     みずから水やりを怠っておいて

     気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな
     しなやかさを失ったのはどちらなのか

     苛立つのを 近親のせいにはするな
     何もかも下手だったのはわたくし

     初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな
     そもそもがひよわな志にすぎなかった

     駄目なことの一切を 時代のせいにはするな
     わずかに光る尊厳の放棄

     自分の感受性くらい 自分で守れ
     ばかものよ
                    ―「自分の感受性くらい」茨木のり子 ―



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by hiro-ito55 | 2014-01-05 18:28 | 哲学・考え方 | Comments(4)

ツナガリ


彼は、自分は充分に孤独であると思っている。
併し、彼は、実際には、人々と共にいなければ孤独ではない。
人間はみなそうだ。
誰も孤独を守ることなぞ出来ない。
人中に孤独をさらし、方々に風穴を開けられるだけである。
                  ― 小林秀雄 ―



どんなに人の手を借りなければ生きていけない人だって、
きっと誰かを支えて生きている。
一人で生きている人間など、誰もいない。

その気付きを与えられて、
初めて人は、失いかけた自分にもう一度出会うことができる。

支える誰かとのツナガリを通して、
人は「生かされる存在」であると同時に、「生かす存在」でもある、
ということに気付いていける。

自立や自律と向き合うことも、
ツナガリの中にこそあるのだと気付いていける。

患者であろうと健常者であろうと、
人である限り、やっぱりそれは変わらないのだと...。

その発見を、利用者とそれを支える家族と共に探していけること。
それは、関わる者としての大きな喜びであり、大切にしていきたいことでもあります。


A Happy new year.
今年も宜しくお願いします。


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by hiro-ito55 | 2014-01-03 17:49 | 作業療法 | Comments(2)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


by いとちゅー