考える生き方のヒント       ~今、伝えたいこと~

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しおり・スマイル




この歌と出会ったのは、四年前の初秋の頃

その日の訪問リハビリの仕事を終えて、
事業所に帰る車の中。

何気なく着けたFMラジオから
何の前触れもなく、この歌が流れてきました。

その頃は、
仕事のこと、勉強のこと、
生活のこと、将来のこと、


そんな人生の問題を、
ちょうど一気に抱えこもうとしていた時期で、
正直、自分に余裕のない時期でした。

そんなときに出会ったのが、この歌。

歌なんか聴いてる余裕もないくせに、
なぜかこの歌は、僕の心にすーっと入ってきました。

有名かどうかなんて関係ない。
いい歌はいい歌なんだ。

そのとき、素直にそう思えました


今でも、時々この歌を聴くと
自分の笑顔が安っぽくなっていないか、
人の優しさを素直に受け取れているか、

そんなことを考えることがあります。

少し青臭いですが...。(^_^;)




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by hiro-ito55 | 2011-08-29 22:28 | 音楽 | Comments(0)

ラーメンとつけ麺

僕の職場も、男性職員が少ないためか、
介護職員を中心に、男同士は割に仲が良い方です。

職場ではどちらかというと、
女性職員に気を使うことが多いようですが、

『たまには男子だけで飯でもどうですか。』
と、彼らから見れば新参者である僕にも、
お呼びがかかることがあります。


今までも、
男性介護職員の一人が 
俺、もう辞めるわ』 と言い出せば、
ワサワサと中華料理屋に集まって、

『今辞めても後で後悔するぞ。おぅ?』 (過去の自分がそうでした。(T_T))
と、気合を入れ直して差しあげたり、

職場恋愛で破局を迎えたヤツがいれば、(過去の自分がそうでした。(T_T))
みんなでお好み焼きを突きながら

『バカかお前は。あんな奴に引っ掛かりやがって。』
と、代わりに怒って差しあげたり。

ま、そんな感じで僕は随分と態度がデカいのですが、

そんな事を繰り返しながら、
今では一、二か月に一度ぐらいのペースで、
男同士で飯を食べに行きます。


で、今回は夏バテ解消にラーメンのハシゴ

『ハシゴはちょっと無理だね。』 と断ったのですが、
何故か一緒に行く羽目に。


一件目は、 『かつみ屋』 さん。
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とんこつラーメンのお店で、
クサミのないすっきりとしたスープと、細麺が程良くマッチした
とっても美味しい一杯でした。
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で、二件目はラーメンではなくて 『つけ麺』 。

一件目で、僕がスープまで全部飲み干してしまい、
お腹がいっぱいになりかけていたので、
『じゃ、つけ麺で。』

ということで、やってきたのが 『晴天』 さん。
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見るからに美味そう
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期待通りあまりに美味かったので、ついつい完食
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でも麺類を二杯も食べてしまうと
さすがにお腹はパンパンで、

『もういいよね。』
と、僕が言うと、
『何がですか?』 
と、三件目に行く気満々なヤツが約二名。

『若い』 っていいですね...。(-。-)y-゜゜゜




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by hiro-ito55 | 2011-08-26 21:34 | ラーメン | Comments(0)

一昨日の続きです。
ダブルバインドということでいえば、僕には、経験があります。


やろうと思えば起居動作から排泄動作まで、全ての身辺動作が見守り~自立で行えるのに、
疲れる』という理由で全く行おうとせず、一日中ベッドの上で寝転んで生活している、
60歳代の入所者。

全ての動作において、介護スタッフやリハスタッフに依存的で、
職員が近づけば、出てくるのは『どうして自分だけがこのように苦しい思いをするのか
といった、延々と続く愚痴ばかり。

緊急の担当者会議を開いた結果、『せめてリハビリだけでも...』という話になり、
その日から、起居動作から排泄動作まで『やれる動作は行なっていただくこと』 
を取り決めとして、他職種とも協力しながらリハビリを再開しました。

スタッフとしては、『利用者に、やれる動作を行なっていただく』ことは、
利用者の自立した生活を支援する』という老健の趣旨に則るもので、
それに向けての具体的な支援の形を作っていくというのは、
半ば当然とも思える対応でした。

しかし、その日を境にやがて、
この利用者の、職員に対する暴言暴力行為が顕著に出現するようになりました。
そしてその行為は日に日にエスカレートしていき、遂には日常化してしまいました。

スタッフ側から『やらない動作』を『やれる動作』としてカウントされ、
それに向けての支援が始まったとき、
その支援を、『やれるのにやらないのは、あなたが怠けているからだ。』
というメタ・メッセージとして、この利用者は受け取ったのです。

この利用者にしてみれば、 
やらない』ことは、もはや『やれない』ことである筈なのに、
それを無理やりやらされるということは、
自分を否定し、服従させるためのメッセージ』として受け取ったのです。

相手に伝わるメッセージというのは、言語によるものだけとは限りません。
例えば、起居動作を介助しながら、介助者が
ホントはやれるのに、どうしてこの人はやらないのか...。』という姿勢を見せれば、
それは非言語的メッセージとして、相手に伝わってしまうこともあります。

そうした場合、それが立派なダブルバインドとなってしまうのです。


僕らの仕事は、日常的に人間の弱い部分に触れる機会の多い仕事です。
ですから、自分たちの発するメッセージ(言語・非言語の両方)が、
相手にどのように伝わっているのか、
自己点検のアンテナを張り巡らせ、常に注意深くあらねばならない。

自省の意味も込めて、そのように思います。


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by hiro-ito55 | 2011-08-24 00:05 | 医療・福祉・対人支援 | Comments(0)
例えば、家庭内において
親が子供に 『こっちへおいで』 と誘っておいて、
いざ子供が親の元にやってきたとき、

例えば、子供の手が汚れていた
或いは、途中で子供がテーブルの上のコップをひっくり返してしまった
そんな理由で親がとても嫌な顔をしたり、叱ったりする

子供としては、親に 『おいで』 と呼ばれて
喜んで親の元に寄っていったのに、
結果として親に不快な思いをさせる。

だから子供は親に 『ごめんなさい』 と謝る。

親はそれに対して 『手を洗ってきなさい』 と命令したり、
不愉快さを態度で示しながら
ひっくり返ったコップを拾い上げ、
床の掃除を始めたりする。


このような、ひとつのメッセージの中に
相反するメッセージが内包されるコミュニケーションを、
ダブルバインドと言います。

ダブルバインドは、文化人類学や精神医学を研究した
グレゴリー・ベイトソンによって、
1956年に提唱された説です。

ダブルバインドメッセージは、
子供を自分に服従させるため
親子関係において、しばしば用いられます。

このような矛盾するメッセージを、
日常的に繰り返し経験すると、

やがて子供は他者からのメッセージに対して
常に疑心暗鬼になり、
ひどい場合には、
統合失調症に似た症状を呈するようになるそうです。


しかしこれは、何も親子関係に限った話でもなさそうです。

僕らの日常にもダブルバインド的なメッセージは溢れています。


例えば、
実習生が症例の家族関係を聴取していなかったときに、
担当バイザーから 
『なぜ、このようなミスをするのか。』 と詰問され、

それに対し実習生が、
『こういう理由でまだ聴取できていませんでした。』 
と答えれば、 
『じゃあなぜ、そんなかんたんなことが未だにできないんだ。』 
叱られる

ここでうっかり 『分かりません』 と答えようものなら、
バイザーからの更なる叱責が待っている。

だから、この場合の実習生の採る行動としては、
黙り込んでうな垂れ、
バイザーからの叱責にじっと耐える以外に
その場を凌ぐ方法はありません。

実習生を部下に、担当バイザーを上司に、
或いは、実習生を利用者に、担当バイザーをスタッフに、
それぞれ立場を置き換えてみると、

似たような場面は、日常的に存在してそうです。

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by hiro-ito55 | 2011-08-22 03:02 | 医療・福祉・対人支援 | Comments(0)

高齢者在宅生活の方向性

八月十日付の
社会保障審議会の第78回介護給付費分科会
主な論点を纏めた資料では、

介護老人保健施設の項目に、

基準・報酬については、
①在宅復帰・在宅療養支援機能を高める方策
②施設における医療提供のあり方

に留意して検討すべきではないか

とあります。

つまり、老健の本来の機能である
利用者の自立を支援し、在宅復帰を促進することを、
今更ながら、改めて強調しているわけですが、

現在まで、利用者の在宅復帰は
思ったように進んでいないのが現状です。


高齢者の在宅ということで考えてみると、

国は、国土交通省・厚生労働省共管制度による
サービス付き高齢者向け住宅』 の本格的な普及に向けて
既に具体的に動き始めています。

今年二月八日には、
国土交通省から
高齢者の居住の安定確保に関する法律等の一部を改正する法律案について
の発表が行われ、

そこで、
これまでの高円賃や高専賃を廃止して、
新たに 『サービス付き高齢者向け住宅』 (有料老人ホームも登録可)
を設置することを閣議決定し、
四月から 『改正高齢者住まい法』 の中でスタートさせています。

しかし、これが老健の在宅復帰の受け皿となるわけではありません。

八月十日の分科会でも、
高齢者の住まいについて、
普及促進を図り施設への入所ではなくサービス付き高齢者向け住宅において入居者が重度化しても安心して暮らすことができるようにするため、
基準・報酬について検討するべきではないか
。』
としています。

あくまで、在宅サービスというカテゴリーで、
安否確認生活相談などの、介護保険以外のサービスを、
そこにどう組み合わせていくか、
というのが主眼で、

そこで 『生活を完結させる』 ための、
これは、 『住宅の話』 なのです。

つまり、
新たに 『サービス付き高齢者向け住宅』 に入居
(在宅扱いならば、 『引っ越し』 でしょうね。) していただき、
そこで様々なサービスを受けながら、

高齢者同士、或い高齢者単身でも、
最期まで安心して生活していくための 
いわば 『ご隠居ハウス』 の普及を推し進める
ということです。

入居する前から、
重度化してもそこで生活を完結させることが目的』 なのですから、
当然のことながら、老健の在宅復帰の受け皿とは、なり得ないのです。
(当たり前ですね...。(;一_一) )


国が、サービス付き高齢者向け住宅を推進するのには理由があり、
2010年から2020年の十年間で
高齢者人口が、2,900万人から3,600万人に、
高齢者単身・夫婦世帯が、1,000万世帯から1,245万世帯に、
それぞれ激増するのに対し、

全高齢者における高齢者住宅等の定員数の割合』 が、
日本では未だ0.9%(2005年)と、
英国やデンマークに比べ (ともに8.0と8.1%) その値が低いからです。
(数字は国土交通省発表のもの)

国は、 『国交省成長戦略』 と銘打って、
2020年までに、この値を3~5%に引き上げること
を目標に掲げています。

今後は、
以前 介護・福祉のビジネス化』 (2011年6月8日の記事)
の中でも少し紹介した介護ロボットや、
住宅会社のビジネスチャンスの場として捉えられ、

そういったサービスも含めて
高齢者向け住宅の普及が展開されていく可能性は、
充分にあると思います。

その場合、
国交省、厚労省、民間企業が積極的に絡む
一大ビジネス産業へと、発展するかもしれません。
(それがよいのか悪いのかは、また別として...。)


いずれにしろ、
高齢者が安定した生活を送ることのできる環境が整い、
それが普及していくのであれば、
たいへん喜ばしいことです。

肝心なのは、このような流れの中、
僕らリハ職が、これにどのように関わっていけるのか、

今後は、
そのための明確なビジョンや、具体的な取り組みが求められていく、
ということです。

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by hiro-ito55 | 2011-08-17 23:24 | 医療・福祉・対人支援 | Comments(2)

レミオ・カート

昨日のちょっと真面目な記事に続いてなんですが...。

人間、子供の頃からあんまりTVゲームをやりすぎると、
バーチャルな世界
現実の世界との区別がつかなくなる。

そういうものなのかもしれません。

或いは、
子供の頃の夢
大人になっても無邪気に持ち続ける

それは、選ばれた人間だけに許される
純粋さという特権なのか。

いや、別に何も深刻な話ではなくて、
下のような方を見て、
ふと、そんなふうに思ったまでのこと。



バナナ盗むなよ...。(;一_一)



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by hiro-ito55 | 2011-08-16 01:04 | 動画 | Comments(0)

終戦記念日に思うこと

権威』 と 『権力』 を併存させる。

これは、一種の智恵ではないかと思います。

歴史の話で恐縮ですが、
十二世紀の後半から、約七百年の間、

日本では 『権威』 と 『権力』 が別箇に併存するという、
他の国ではありえないことが続きました。

幕府とは、実力でライバルたちを蹴落とし、その座を勝ち取った、
いわば、成り上がり者の権力者たちのことです。

そこには当然、利害関係が絡んできますし、
利害関係は、敵や味方を作り出します。

そして、いつか強力なライバルが現れて、
自分たちが滅ぼされるかもしれない。

そういった栄枯盛衰の運命は、
権力を手にした者の宿命です。

しかし、どんな権力者たちであっても、
朝廷という権威を滅ぼすことはできなかった。

それは、何故か

朝廷や天皇家を、
この国全体のことを考えることのできる唯一の存在
として、位置づけてきたからではないか

というのが、僕の考えです。

その証拠に、
今でも両陛下は、例えば大相撲をご覧になって、
『どの力士がお好きですか。』 
と質問されても、

『〇〇という力士が好きです。』
と、具体的な固有名詞に言及することは、けっして仰らない。

それは、 『全体として見る』 という在り方からすれば、
恐らく、自然な振る舞いであるのです。


時とともに移り変わる権力と強力に結びついていては、
或いは権力と権威が一体となっていては、
利害関係に縛られるため、
どうしても、この国を全体として、俯瞰的に見ることはできません。

しかも下手をすれば、強力なライバルの出現によって
権威ごと滅ぼされてしまうかもしれません。

権威ごと滅びるということは、
この国が代々受け継いできた文化も、
断絶し失われるということです。

だから、 『権威』 と 『権力』 を併存させてきた

これは、国としてのクラッシュを避けるための一種の智恵であり、
日本人の間だけで取り交わされる暗黙知として作用してきた

そのような歴史の結果ではないかと思うのです。


今日は終戦記念日

僕は右翼でも左翼でもありませんが、
全国戦没者追悼式に臨まれ、
祈りを捧げる両陛下のお姿をニュースで拝見し、
そのようなことを考えてみました。

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by hiro-ito55 | 2011-08-15 18:35 | 日本人 | Comments(0)

サギソウ

なんか、コロコロとブログデザインを変えて落ち着きませんが...。

実は二日間ほど、シックなデザインにしていたら、
僕の連れから、

『色の組み合わせが、
パッと見、精神を病んでる人のブログみたいだよ。』

と本気で言われ、

また、別の連れからは、

『なんか、クライっすよね。何かあった人のブログみたいですね。』

とも言われ、

思った以上に 『不評』 だったので、

『そうかなぁ、落ち着いて見やすいと思ったんだけど。ははは(笑)。』

と答えていましたが、

内心は、

(/ロ゜;)/NO~!!

と、ショックでした。


ま、それはいいとして、
毎週、作業療法の一環として、野菜を題材にしながら、
ポスターカラーを使った絵画を行なっているのですが、

毎回、題材を何にしようかと、いつもギリギリまで考えています。

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施設生活では、屋外に出かけることがあまりないので、
できれば、季節を感じられる題材を提供したい、

というのが、
題材を選択する際の、僕の基準です。


今週も、そんなことを考えていると、
介護職の女性から、
これ、使って下さい』 と、

 を提供して頂きました。

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サギソウというそうです。

花の形が、とても変わっています

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サギソウは、毎年七~九月に咲く花で、
サギ』 は、 『詐欺』 ではなく、 
』 の意味だそうです。

花の形がちょうど、
鷺が羽を広げて飛ぶ姿に似ていることから、
この名前が付けられたみたいです。

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こうやって見ると、
本当に、鷺が群れを成して飛んでいるように見えます。


へぇ~...。』 
感心しながら説明を聞いていると、

『ほら、ここもみて下さい。この蕾。
 今にも花がサギソウ(咲きそう)だよ

などと、なんだかよく分からないダジャレを仰るので、
一応、(一拍置いてから) 義理で爆笑しておきました。


サギソウは、活動に参加する利用者さんたちからも評判がよく、
みなさん珍しそうに眺めていました。(^_^)

だから僕も嬉しくなって、試しに

『ほら、ここもみて下さい。この蕾。
 今にも花がサギソウ(咲きそう) だよ♪』

と、ついつい言ってしまったのですが、

利用者さんたちからの反応
案の定、ありませんでした

やっぱりそうだよね...(;一_一)



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by hiro-ito55 | 2011-08-12 21:07 | 作業療法 | Comments(0)

サクラと日本人の心

真夏のこの暑い時期になんですが、(^_^;)
今回は 『サクラ』 の話です。

しきしまの やまと心と人問わば 朝日に匂う山桜花

二つ前の記事でも紹介しましたが、
これは本居宣長の歌です。

日本人が 『サクラ』 といってまず思い浮かべるのは、
ソメイヨシノ』 でしょう。

ソメイヨシノはご存知の通り、
葉が出る前に花が一斉に咲き、
花が散った後に、葉が出てきます。

その姿は、とても派手です。

しかし、この歌で宣長の言う 『サクラ』 とは、
そのようなサクラではなくて、
山桜』 と呼ばれるサクラのことです。

彼はそれに、 『やまと心』 を見た。


山桜は、ご存じない方もいらっしゃるかもしれませんが、
花と葉が、ほぼ同時につきます

そして、時期が過ぎると
花は順番に散っていきます

ソメイヨシノのように、
けして一斉に、派手に散るのではなく、
静かに散っていくのです。


代々、日本人は
このようなサクラを、サクラとして愛でてきました。

それが、
サクラといえば 『ソメイヨシノ』 というように変わったのは、
明治以降の話であって、
ここ二百年足らずの間の出来事です。

長い日本の歴史を考えれば、
それはごく最近の出来事である、と言えるでしょう。


ソメイヨシノは、
江戸時代末期に、染井村の植木職人によって
人工的に改良された品種で、
明治以降、それが爆発的に全国に広まっていきました。

そういう、比較的新しい品種なのです。

ソメイヨシノが全国に広がっていったのには理由があり、
苗木の培養が、他の品種に比べ容易であったからだ
というがあります。


ソメイヨシノのように、
サクラの花がパッと咲いて、一斉にパッと散る。

西洋人の中には、そこに
散り際の潔さ』 を表す、日本古来の 『やまと心』 がある
と思われる方も多いようですが、

実は、違います


宣長の歌う山桜のように、
周りの葉と調和しながら控えめに咲き、
そして静かに散っていく。

けして派手ではないが、
その、何とも言えない融和のようなものの裡に、
日本人の美意識というものがあるのであって、

そこに、 『やまとの心』 だとか、 『やまとの魂』 
といったものがあるのです。

だからこそ、古来より日本人は
山桜のようなサクラをに詠み、愛でてきたのです。


しきしまの やまと心と人問わば 朝日に匂う山桜花

多くの人が誤解しているのかもしれませんが、
(誤解してしまったことが、けして悪いというのではなく)
少なくとも 『潔く派手に散ること』 のように、
ある意味、男らしい価値観と、

やまと心』 や 『やまと魂』 とは
本来、何の関係もないのであり、

むしろ、 『朝日に匂う山桜』 のように、
周りとの調和と、控えめさをその身に纏いながら、
時期が過ぎれば、静かに散っていく、

その、何とも言えない融和を求める姿の裡に、
やまとの心』 は、
ずっと、息づいてきたのです。

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by hiro-ito55 | 2011-08-10 00:15 | 日本人 | Comments(2)
このブログを始めて、今日でちょうど1年が経ちました。

改めて読み直してみると、
ずいぶん生意気なこと言ってるね、俺。』
というのが、正直な感想です。

もともと、自分の頭の中を整理するために始めたブログなので、
記事にした内容が、上手く人に伝わっているのか
いつも心配になりますが、

こんな内容でも、
粘り強く読んでいただける方がいることには
とても感謝しています。

いつもありがとうございます


記念に、You Tubeからの拾いものですが、
僕の好きな氷室京介の動画を添えておきます。

もしよかったら、見ていって下さい。




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by hiro-ito55 | 2011-08-09 00:07 | 音楽 | Comments(0)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


by いとちゅー