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利用者さんから学ぶ思考 ~その4~

Fさんの自宅の居室は畳部屋で、
ちゃぶ台布団のある部屋を中心に、生活されるそうです。
ですから、リハビリでは床からの立ち上がり動作の練習は、必須となります。

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しかし、実際に自宅に戻ってから、
Fさんがリハビリで獲得した動作を行なってくれる
という保証ありません

座位からしっかりと立たずに四つ這いで、
或いは這って移動することが日常化することも、
充分に考えられるからです。

そのようなことが習慣化されれば、
足腰が弱って立てなくなることも考えられますが、
それをFさんの自己責任に帰するつもりもありません。

寧ろ、そのような生活を想像して、僕らは、
Fさんが自己責任を背負い込む事態になってしまうことを予防する
という観点にすり替えて、助言指導をしていく必要があります。


ちょうど、自宅から200m程離れた所スーパーがあるそうなので、
自宅内の動きに拘らず、
そこにヘルパーさんと付き添いで、
生活用品を買いに行くのもよいかもしれませんし、

デイサービスを利用する話も持ち上がっているようなので、
そこで歩く時間を設けてもよいかもしれません。

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それが、予防として上手く機能するかどうかは、
今の時点では何とも言えませんが、 
『正しいやり方』 を教えたけど 『やらない』 で終わらせるのではなく、
Fさんの実情に合わせたプランを提案したい 

とは思います。

そしてそれを、
これからケアマネさんとも充分に話し合って、見つけていきたいと思います。

でも、まずはFさんともう少し話をしてみることの方が先ですね。

『実際に歳とってみんことには分からんのよ。』と言われて、 
『そうですよねぇ。』 で終わってしまっていては、
作業療法士としては失格ですから。

少なくとも僕には 
歳をとってみないことには分からない』 ということは 『分かる』 のですから、
そう仰るFさんの立場は尊重しつつ、
今の時点ではそこを切り口にして、何か僕にできることはありはしないか、
具体的に考えるより他はありません。

三十路を過ぎた若造に考えられることもぶつけて、
Fさんとの落とし所を探っていきたいと思います。





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by hiro-ito55 | 2011-05-31 20:21 | 作業療法 | Comments(0)

利用者さんから学ぶ思考 ~その3~

 前回の付け足しで、今回は 『合理的な思考』 について、思うところを書いてみます。

例えば、 
『五体健康であることは何よりもよいことだ。』 
とは、真にその通りで、非の打ちどころもありません。
これには反論のしようもありません。

 これが、 『合理的な思考』 です。


では、 五体健康でなくなった人 はどうすればよいのか。

何も好き好んで不健康になる人はいない (と思う) ので、
合理的な思考に基づけば、これは 『非合理なこと』 として解釈されます。
 
 この非合理な状態を解消するため、合理的に考えれば、 
五体健康である』 ことが 『正しい』 筈であるから、
彼らもまた、 
失った、或いは衰えた身体機能 (能力) を取り戻し、五体健康の状態』 
を目指すでしょう。

そのためには、活動性理論の影響もあるかもしれませんが、 
いつまでも若々しく、元気でいたい。』 となります。


そのように望む方はそれでよいし、
その方の価値観を曲げてまで、僕の意見を押し通そうとは思いません。

しかし、 『若々しくもなく、健康でもない自分』 というものは、
そもそもこのような思考においては、 『全否定』 されてしまうのですね。


僕らが日常、リハビリの仕事で接する方たちというのは、 
若々しくもなく、健康でもない方たち』 
が大半です。

では、このような方たちに、合理的思考を当て嵌め、 
若々しく元気な姿』 
を獲得していくための援助をすれば、それでよいものなのでしょうか。

Fさんは、 
歳をとってみないことには分からない。』 と、はっきり僕に告げてくれました。
ならば、
『歳をとらなければ分からないこともある』 
という事実を、まずは素直に認めてみることではないでしょうか。

これは、僕らにとっては非合理な事実です。

しかし、非合理な事実を 『組み込んで』 相手をみるのと、
最初から 『全否定』 でみるのとでは、
天と地ほどの差があります。

その上で、具体的なアドバイスやプランを考えるならば、 
『分からない部分には無理に立ち入らない』 
という心構えが必要であるかと思います。

しかし、 『分からない』 から 『知らない』 では、
合理的な思考となってしまいますので、
この 『分からない』 部分を埋めるのはきっと、 『想像力』 でしょう。

このことを踏まえなければ、どんなによいプランでも、
実際にはやらない 『絵に描いた餅』 になってしまうのです。

つまり、分かり易く言えば 『しているADLに繋がらない』 ということですね。
そのような計画は、どこかに無理があるのです。

その 『無理』 を発見するのも、今申し上げた 『想像力』 です。 
相手の身になって考える』 という 『想像力』 です。

想像力は、自分を謙虚にします 

合理的な思考というものは、ときに人を傲慢にします 
正しいこと』 はいつでも 『正しい』 のですから。





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by hiro-ito55 | 2011-05-27 19:40 | 作業療法 | Comments(0)

利用者さんから学ぶ思考 ~その2~

Fさんの前回の台詞、 
歳をとってみないと分からない』 
とは、彼の実情に基づいた思いの吐露である筈で、
彼は本当にそう感じているのでしょう。

そうであるならば、Fさんは 
年齢と思考の間には相関関係がある』 と考えていることになります。


さて、Fさんとの会話の中で出てきた 
六十にして耳順がう』 或いは 『三十にして立つ』 
といった言葉は、孔子の 『論語』 の中に出てくる言葉です。

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 正確には、

 子曰く、吾れ
  十有五にして学に志す。
  三十にして立つ。
  四十にして惑わず。
  五十にして天命を知る。
  六十にして耳順がう。
  七十にして心の欲する所に従って、 矩を踰えず
。』
 
 
 となります。

 ついでにこれを訳すと、大体次のようになると思います。

 師が仰るには、
  私は十五歳で学問を志し、
  三十歳で独立した立場を得て、
  四十歳で人生についてあれこれと迷わなくなり、
  五十歳で与えられた天からの命が何であるかを弁え、
  六十歳で人の忠告が素直に聞けるようになり、
  七十歳で自分の思うままに振る舞い、
  そうして道を外れるようなことは遂になかった
。』



孔子は、このような年齢に達したら、 『このようにあれ』 と、
教訓のように言っているわけではないのでしょう。

そうではなく、
り返ってみれば、年齢と共に自然とそのような思考が身に付いていった
という彼の 『経験』 を語っているのではないでしょうか。


つまり、人生における様々な経験を積み重ねるにつれて、
思考も段々と変化し、
例えば三十歳では分からなかった 『天命』 というものが、
五十歳では見えてくるようになった、

これは自然の成り行きであるとしか考えられず、
加齢と共に思考もそのように変化する
ということが言いたいのであり、

であるならばこれは、
加齢と思考の両者の間にある相関関係に気付いた、
孔子の人生観と呼べるもの
 
なのではないでしょうか。



僕ら現代人の思考というものは、
年齢とともに変わる思考の姿というものを、
恐らくあまり好まない傾向にあるのでしょう。

実際に、孔子の話などを持ち出すと、 
何を古臭いことを』 と感じる方は多いと思います。

つまり、素直に耳を傾けられないのです。 

現代人の思考を支配しているのは、 
正しい』 と思うものは、
幼児だろうが、青年だろうが、老人だろうが関係なく 『正しいのだ』 という、
そのような 極めて合理的な思考 の方ではないでしょうか。

このような思考に寄り掛かっている以上、
僕らの仕事で言えば、利用者の気持ちや生活は見えてはこない。



『実際に歳を取ってみないことには、けして分からないこともある。』
それは何も不思議なことでも何でもなく、自然なことなのです。

年齢とともに、経験の厚みとともに 
『思考』 も 『生活』 も 『人生観』 も変わるのですが、
そういう、人間の当たり前な変化に、
この変化を許さない、時間軸を無視した合理的な解釈を布こうとすれば、
相手はこれを受け入れるでしょうか。


前回の最後に、僕が 
『Fさんの言葉は、きっと額面通りに、そのままの形で解釈すればよい。』 
と申し上げたのは、そういった意味からなのです。





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by hiro-ito55 | 2011-05-25 21:24 | 作業療法 | Comments(0)

兵站 (Logistics)

震災から2か月以上経ちました。
今回の震災で被災された方々には、心よりお悔やみ申し上げる他ありませんし、
一刻も早い被災地の復興を願っています。

そして、この2か月半の間の様々な報道を通して、僕が感じたのは、 
『(他の国はどうか分かりませんが)日本人は感情に訴えかける事実を重視する。』 
ということです。

例えば、被災地入りした自衛隊の隊員が、瓦礫の中から赤ん坊を救い出す。
或いは、福島第一原発の事故処理に当たる作業員たちの、危険を伴った仕事。
或いは、 『風評被害』 から北関東産の野菜を守るために、
ボランティアで即売会を
開く大学生たち。

などなど、今回の震災支援で奮闘する方々の行動が、
連日メディアで報道され続けています。

それらの行動ひとつひとつは、とても素晴らしいもので、
それに対していちいち批判すべきものでもないと思います。

このような、美談というか、
ある意味人々の善意や感情に訴えかける行動というのは、
被災された方々にとって、勇気を与える報道でもあるのでしょう。


例えば、僕も下のような映像を見れば、心にグッと来るものがあり、
その感情を上手く抑えることはできません。




人間が感情を持っている以上、それに働きかける行為というものは、
それだけで人を動かす大きな原動力を持っています。


しかし、
人の持つ善意や使命感に働きかける、そういったものに流されない行動
というものも、
これと同じくらい 『重要なこと』 ではないでしょうか。

例えば、それには 兵站(Logistics)』 というものがあります。


震災後、現地へ物資を運ぶ陸路は、至る所で寸断されました。

空港も使えないところがあり、
余震の影響でヘリや輸送機も着陸に危険を伴うため、
空路での運搬を確保することにも、困難を伴いました。

また、沿岸部では津波による瓦礫の散乱や、火災発生のため、
海路からの物資上陸も難しい状況が続きました。

云わば、一時的にも、
人員や物資を届けたくても現地に辿り着く手段がない
という状況であったのです。

このような現状を鑑み、
①どのようにすれば最も効率的、
 且つ迅速に現地まで到達できる手段を確保できるのか、

②その手段は、陸路、空路、海路のどれであり、
 それらをどのように組み合わせることが可能であるのか、

③また、一刻も早く支援しなければならないのはどこで、
 それはどのくらいの規模のものなのか、

④現状で、支援に応じられる組織や人員はどれくらいで、
 何を支援できる能力を備えているのか、

⑤現地に到着後、人員や物資の管理をどのようにすれば、
 現地の負担とならないか

など、
そのための優先順位を付ける作業が、喫緊の課題となります。


支援の方法・手段に優先順位をつけていく作業はまた、
緊急性の低いものをひとつひとつ消去していく過程を伴うもので、

時に冷静というよりも冷徹な判断を下さなければならないこともあります。

善意や使命感による行動が、 『人を救う』 という
人間のプラスの感情によって支えられているものであるのに対し、

兵站は時に 
結果的に(一時的にしろ)見捨てる人を作ってしまうことがある』 という、
極めてドライな局面を作り出してしまいます。

この作業に当たる人には、論理的で冷静な判断が求められ、後々、 
なぜ、あの時一刻も早く、我々の方を支援してくれなかったのだ。』 
という非難を受ける可能性があります。

云わば 『汚れ役』 の責が求められ、
人間のプラスの感情には寄り掛かれないことを、
甘んじて受け入れなくてはなりません。

しかし、被災地全体 (福島の原発事故も含む) の復興
という 『マクロな視点』 で見たとき、

このような 『汚れ役』 の人がいなければ、
組織的で迅速な復興を成し遂げることは、
不可能であるような気がします。


『誰か』 が、この 『俯瞰的な汚れ役』 を、
継続的に引き受けている筈であるのに、
そのような人の言動よりも、 

いずれ事態は収束します。過剰な心配はいりません。』 

という 『楽観論』 を冷静な判断と履き違えている専門家の言葉が、
メディアではずっと取り上げられ続けています。

それは、国民の不安を安心に変えたいという、
国民の感情に訴えかける意図が、
多分に働いているようにも思えますが、

これが 『プロパガンダ』 や 『大本営発表』 のように感じる人も、
少なからずいるのではないでしょうか。
(かといって、メディアが国民の不安を煽るのもよくないですね。)


国民が感情で動くものであることを把握し、
それをプラスの方向へ導いていくことが、
最も効率的な戦略であると考えていれば、

現地での作業員やボランティアの奮闘は、
時に命を落とすような過酷な作業であっても、
それは美談として大いに評価されるのです。

いかに現地での犠牲を少なくするのか、
そのための、そこに辿り着くための組織的な戦略を立てる
という、予防的な仕事は、
あまり大きく評価されることはありません。


感情や使命感に基づく、人間の行動の素晴らしさや力を、
僕は大いに評価しますが、

逆に、
人間のそのようなプラスの感情に寄り掛からないドライな判断も、
それと同じぐらいに評価します。

冷徹さは苦痛を伴うものであるし、
結果的に多くの人を救うことでは、『同じ』 であるからです。

ただ、そのような  『兵站の議論や報道』 を、あまり見かけないことと、
国民受けが悪いことには、少し残念な気がします。





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by hiro-ito55 | 2011-05-22 17:43 | 社会 | Comments(0)

利用者さんから学ぶ思考 ~その1~

先日、利用者さんと歩行器を使って歩行練習をしていたときのこと。

その利用者さんは、Fさんという70歳代の男性の方で、
来月には自宅への退所が決まっていました。

リハビリでも来るべく在宅生活を想定して、 
『畳からの立ち上がり方法』 や、 『自宅内での移動手段の検討』 をし、
それに向けてリハビリを開始しました。

Fさんは一人暮らしの方で、施設ケアマネさんと
居宅のケアマネさんの間で、居宅での生活内容を検討し、

リハビリでは自宅の見取り図や写真を息子さんにお願いして情報を入手し、
それを基に一日の動線が凡そ判明したところで、
具体的なプログラムを先日から開始しました。

比較的頑固な性格の方で、 
自分の家のことは自分が一番よく知っとるから、
 ああだこうだと、いらんことせんでもいい。

と度々ケアマネさんに仰っていました。

施設ケアマネさんから聞いた話では、 
自分が家に戻ったら、あんた方が面倒を見てくれるわけでもないじゃないか。
 だったら放っといてくれんか。

というのが、どうやらFさんの本心であるとのこと。

先日のリハビリの時間も、丁度午前中にそんなやりとりがあった後でした。
渋々といった感じでリハビリに取り組むFさん。

僕もリハビリ中はできるだけ見守るようにし、
まずは、必要と思われる時だけ助言と動作介助を、と心がけました。

リハビリに取り組んでいる最中は、そうした方が恐らく良いと、
なんとなく直感したからです。
 

そして、歩行練習の合間に椅子に腰かけたFさんと雑談を始めると、
ふいにFさんが、 

『先生なぁ、六十にして耳順がうって言うが、
 俺は七十を過ぎても人の言葉が素直に聞けんなぁ。
若い奴 (多分ケアマネさんのこと) はああした方がいい、こうした方がいいって言うが、そんなことは俺が一番よく分かっとる。
 実際に歳とってみんことには分からん
のよ。』
 
と、心情を吐露してくれました。

これに僕が 
三十にして立つとも言いますが、
 僕は三十を過ぎても人に頼ってばかりですよ。』 

と言うと、
 
『そうだろ。あんたは色男 (Fさんにはそう見えるらしい) だから、
 不細工な男の気持ちなんて分からんだろ。そんなもんだよ。』 

と、何故だか会話が繋がり、その後お互いなんだか盛り上がってしまいました。

僕はFさんの心情吐露には直接答えていないどころか、
Fさんも僕の話には直接乗っていないのに、
コミュニケーションとしては繋がってしまったのです。


お互いの話の接点は 『論語にある言葉』 だけで、
僕はそれを洒落ただけで何のアドバイスもしていません。

恐らく会話が繋がっていったのは 
『ずらしのコミュニケーション』(2010年9月19日の記事参照) 
が関係しているのでしょう。


しかし、僕がこのFさんとの会話で注目したいのは、そのことではなくて、
何故、Fさんはケアマネさんのアドバイスが素直に聞けないか
ということです。

実はFさんは、最初にドキッとするような重要な発言をしています。

それは、 『実際に歳をとってみんことには分からんのよ。』 の一言です。
ここに彼の心情の核心がある
と僕は感じたのです。

『実際に歳をとってみないことには分からない。』 
これはどういう意味に解釈すればよいのか

Fさんが 
『ケアマネさんとの関係を全拒否するつもりで吐いた捨て台詞』 
でしょうか。

僕は、そうは思いません。

この言葉は、きっと額面通りに、
そのままの形で解釈すればよいのです。


(字数が多くなってしまったので、続きは次回で。)




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by hiro-ito55 | 2011-05-20 20:11 | 作業療法 | Comments(0)

哲学な一日

 今日は、週一回の大学通学の日。

講義では、M.Heideggerの問題意識を通して、
西洋哲学の問題についての触りの部分を学んできました。

Heideggerは、プラトン以前の哲学と、プラトン以降の哲学を 
質的に異なるもの』 として分けて捉え、

特にプラトン以降のそれについては、 
全てのもの』 が 『超自然的原理と質料の合成体』 と見做され、
自然が制作物の単なる材料(物質)として捉えられるようになった、

という物質的世界観と 『連動』 していると捉えたようです。

それには、あの有名な 『イデア論』 も絡んでくるのですが、
講義の内容をブログに詳しく載せるわけにはいかないので、
ここでは載せません。

しかし、今回も知的好奇心を刺激される内容で、
自分にとってはとても充実した一日でした。


いつか、自分の人生作業療法の実践にも応用できないか、
考えるのが今の僕の楽しみです。

先生、ありがとう。


さて、家に帰って早速、講義ノートの纏めをしていますが、
その合間に少しだけブログの更新を。

今回は、見つけてきたYou Tubeの動画2本です。
完全に手抜きです。


一本目は、ロべカルのものすごいフリーキック。
最初見ただけでは判らないのですが、
0:54過ぎのリプレイ映像では、
ロべカルは明らかに 『客席』 に向かってボールを蹴っているのが判ります。




二本目は、日本の相撲。
今、相撲は不祥事続きの後で反省しているようですが、
こんな感じだったら盛り上がるのになぁ...。



注):相撲は格闘技ではなく、国技です。





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by hiro-ito55 | 2011-05-16 22:41 | 動画 | Comments(0)

生きる美意識 ~その3~

 『の魅力に魅せられて、花を描きつづけている画家の行為』、

これは、本物の花というものを、
未だ自分は本当には見たことがないという、
鋭い反省に基づいています。

そうでなければ、
花というものを描きつづけることなど、できないのであろうし、
このような知覚の在り方というものは、 
ひとつのもの』 を見 『続ける』 ことで成り立つものであるのですから、
そこには空間の持つ奥深さ時間の拡がり内包されている筈です。
 
云わば、ものが持つ時間軸と空間軸を感じとる知覚である筈で、
この両軸が交わる姿の 『多様性』 によって、
繰り返し見定めようとするそのような反復的行為は生まれます。

これは、
知覚というものは、時間的な拡大と空間的な深まりの多様性で満たされている
ことを、僕らに示していることになりましょう。

僕の勝手な想像ですが、
Henri-Louis Bergsonの言う 『知覚の拡大深化』 も、
凡そそのようなことを言うのではないでしょうか。


翻って考えてみれば、 『一曲の音楽を繰り返し聴く経験』 や、
或いは例え立派な景勝や庭園でなくとも、 
『ひとつの景色に目を奪われ、機会があれば足を運ぶ経験』 は、
確かに僕らの日常の経験である筈です。

これは紛れもなく、前回述べた 
美意識が何か特別な経験ではなく、尋常な現実として存在している証』 
でもあるのです。

これを、『芸術家が見る特別な視線である』、
と片づけるのは容易なことでしょう。

溢れんばかりの雑多な情報を収集し、
それらをひとつでも多く自分の知識の箱に収めることに躍起になることだけが、
知覚することではありません。
 
しかし、そうした作業に余念がない、
云わば 『知を雑学と勘違いしている』 多くの現代人にとっては、
それが常識であるのかもしれませんが。
 

通常、僕らは見たくないものは見ないし、聴きたくないものは聴かないのが常です。
それは、日常生活の目的に応じて収受選択される、
そのような知覚の作用に基づく行為なのでしょう。

例えば、仕事をする上で窓の外の空の色に気を取られていては、
仕事にはなりません。
ですから、仕事中は仕事に関する情報を選択的に知覚するという、 
『知覚の編集・構造化』 というものが働きます。

それによって、僕らの知覚は目的に沿って明晰化されていきます。

これも、云わば知覚が行動へと変換されるひとつの 『道程』 であり、
認識の合理的なプロセスです。

しかし、目的を持った行動へと変換する、
その合理的知覚のプロセスにおいて、
捨てられた知覚も存在する』 ということに注目するならば、
美とはまさにそのような知覚によって捕えられることを待っているのです。

云わば、僕らが各々持っている 『合理的知覚』 の方を捨て去り
時間的な拡大と空間的な深まりの多様性で満たされている知覚』 に
忠実になるのを待っているのです。

これは、『ひとつのものを徹底的に見ようとする知覚の方法』 であり、
そこにはこちらの合理的方法によって、
何ひとつ捨てたり変換したりしようとする意志はなく、
あるのは 『忍耐』 です。


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by hiro-ito55 | 2011-05-13 18:46 | 美意識 | Comments(0)

息抜きにどうぞ☆

 前にも言いましたが、僕はブラックユーモアが大好きです。
会話のエッセンスに加えることもありますし、
暇があれば一人でニヤニヤと考えていたりします。
(かなり 『暗い』 ですね(^_^;) )

でも残念ながら、寝る前に思いついたネタが、
翌朝起きてみると大して面白くもないなと気付き、お蔵入りすることの方が多いですね。
 
知っている方もいると思いますが、
You Tubeを見ていたら、面白い動画がありましたのでアップしてみました。 
(多少、イタズラが過ぎる気もしますが...。)



これを見て何度も爆笑してしまう僕は、
ストレスが溜っているのでしょうか...。
(―_―;)





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by hiro-ito55 | 2011-05-09 20:05 | 動画 | Comments(0)

昨日のつづき

午前中に利用者さんの居室を回っていると、
昨日のTさんに呼び止められました。

『なんでしょうか』 と尋ねると、 
昨日の話で思い出したことがある』 とのこと。
どうやら、回想法の力が持続してるみたいですね。

Tさんは、 
『実は、九龍里に滞在しているときに、一番びっくりした話をするのを忘れていた』 
と、嬉しそうに話しかけてきたのです。

その話は、Tさんが体験した 『九龍里の葬式の風景』 のことで、
それを昨夜眠る前に思い出し
ぜひ僕に話したくなって、声を掛けたようです。


泣き手 というものをご存知の方は、いらっしゃるでしょうか。


Tさんは、4ヶ月の滞在の間に、
集落で執り行われた葬儀を、何度か目撃しました。

そして、その葬儀の中には必ず 『泣き手』 と呼ばれる 
悲しみを表現する人』 がいて、
この 『泣き手』 と呼ばれる人々は、
葬儀が執り行われている間中、文字通り 『泣き続ける』 
のだそうです。

『人々』 と言ったのは、この 『泣き手』 は
一度に複数人いる場合もあり、
Tさんが見た限り、
彼らの人数が多いほど、亡くなった方の生前の暮らしは裕福であった
そうです。

初めて 『泣き手』 を見たのは、九龍里に着いて半月ほどのこと。

彼らは、他の人たちと同じ民族衣装を纏い、
地面に跪いて両手を合わせ、お辞儀をするような仕草で、
大きな声で何度も 『アイゴー、アイゴー』 と、叫び続けるのだそうです。

その姿は 『鬼気迫るもの』 で、
を流しながら一心不乱に叫び続ける彼らの姿が、
Tさんの記憶に強烈に残っているようです。

お葬式というものは、
粛々と執り行うものであることが、当たり前であったTさんにとって、
それは恐らく衝撃的な光景だったのでしょう。



下の写真は、今Tさんが取り組んでいる 『はめ込みパッチワーク』 の写真です。
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土台の部分は『発泡スチロール』 を使っています。

その上に両面シールを貼って絵柄を入れ、
その線に沿って切り込みを入れておきましたので、
後はシールを剥がして、好きな色や肌触りの布を選んで、
当てていくだけの一般的なものです。

まだ作業は途中ですが、
綺麗に仕上がってきたので、写真を撮らせて頂きました。

完成が楽しみです。





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by hiro-ito55 | 2011-05-04 20:48 | 作業療法 | Comments(0)

利用者さんとの内緒話

 日中はここ愛知県でも、外は黄砂がひどかったです。

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僕は今日も仕事でしたが、
職場から数キロ離れた近くの山も、このように黄色く霞んでいました。



世間では、ゴールデンウィークということで、
外に出かける方も多いと思います。

リハビリ中も、利用者さんとの話題は
必然的に旅行やら、外出やらの話になってしまいます。


中でも面白かったのは、
Tさんという宮崎県出身の80歳代後半の女性の話。

Tさんは戦前の昭和15年頃に、
朝鮮半島に旅行に行ったことがあるそうです。

滞在した場所は、九龍里雪城里という所で、
それも4ヶ月程の 『長期滞在』 であったとのこと。

渡航した時期は11月頃で、
門司港から当時、日本チッソ(株)に勤めていらした叔父さんに連れられ、
船で朝鮮半島まで渡ったそうです。

着いてすぐに覚えた現地の言葉は、 『ニコニコイー』 と叫ぶ行商の声で、
実はそれは果物の名前でした。

どんな果物かといえば、
ちょうど手掌にすっぽりと収まってしまう程の大きさの、
小さなリンゴのような果物で、
肝心の味の方は 『とっても不味かった。』 と、
Tさんの口には合わなかったようです。


また、渡航した時期が時期だけに、非常に寒かったそうで、
現地に着いても屋外に出ることはあまりなく、
叔父さんの一人娘の女の子と一緒に、
家の中で過ごすことが多かったそうです。

そして、たまに外に出るときは、
頻繁に頭上から落ちてくる 『氷柱(つらら)』 に注意して、
慎重に家の外に出たそうです。

そうして外に出ると、
滞在先から数百メートルほど離れた場所に、非常に大きな湖があって、
冬の間はそこも厚い氷で覆われてしまうため、
氷の張った湖の上を二人で滑って遊んでいたようです。

しかし、国境付近であったためか、
すぐ近くにはロシア兵が駐屯する建物があり、
兵士が銃を構えて警備している姿を、何度も目撃していたため、
子供心にも恐怖心を感じて、湖での遊びもそんなに長くは続けなかったそうです。
 

そんな風に、あまり多くの人と接することのない滞在生活であったのですが、
もうひとつ、Tさんの現地での生活で、今でも覚えているものは、 
』 だそうです。

歌といってもアリランではなく、
当時日本で流行っていた 『ああそれなのに』 という歌で、
それを現地の朝鮮語で聞いて、それを覚えたとのことでした。

僕も興味を覚えたのでTさんにお願いして、
日本語と、覚えた朝鮮語の 『両方で』 歌って頂きました。

Tさんはまず日本語で歌って、
その拍子に合わせて一句一句思い出しながら
聞きなれない朝鮮語で歌って下さいました。

ちょっとした 『回想法』 みたいですね。


『ああそれなのに』 の日本語の歌詞はこんな感じです。

♪空にゃ今日もアドバルーン  さぞかし会社で今頃は 
おいそがしいと思うたに  あゝそれなのに  それなのに  ねえ 
おこるのは  おこるのは  あたりまえでしょう



 それで、Tさんが歌って下さった朝鮮語の場合は、こんな感じでした。
(朝鮮語の全く分からない僕のヒアリングなので、間違っているかもしれません。)

♪サンガッサンホーリエ カーリトーダソー  チョモチョラヘッソヘッソ イロボシナ
 アユカユソラット イェッテオツネ  アゝクンセオーチョメ  クンセオーチョメ  エー
トラジゴッスイ  トラジゴッスイ  ムロニヤニヤニョッテ エテオツネ



うーむ。
こうして見ると、随分と字余りのように見えるので、
やっぱ僕のヒアリング間違ってるかも...。

でもこれは、座ってホットパックで肩を温めるTさんの隣で、
僕だけにこっそりと教えてくれた思い出話なので、
二人だけの内緒の話なのです。


これを歌っているときのTさんの表情は穏やかで、
手拍子なんかも添えたりして嬉しそうでした。

嬉しさのあまり、プーリーやるの忘れてましたが...。






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by hiro-ito55 | 2011-05-03 22:07 | 作業療法 | Comments(0)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


by いとちゅー
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