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伝えられなかったこと....。


突然の連絡だった。
昨年から今年の夏まで、リハビリの一環として水彩画に一所懸命に取り組んできたNさん。
(*過去記事:描き始める人 、在宅での作業療法の実際 )

ケアマネからの連絡で、一昨日亡くなられたことを知った。
最後はたった一人の息子さんに見守られ、病室で静かに息を引き取ったという。
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OTジャーナルに、
Nさんが全力で描き上げた3枚の絵を応募したのが半年前だった。

当時のNさんが、訪問に入っている看護師に
「病気になってから初めて心から笑えるようになった」と話していたことを、
後から聞かされたこともあった。

作品送付後、ステーション宛てに送られてきた応募作品受領の通知ハガキを読み、
一緒に喜んだ彼の顔は、本当に嬉しそうだった。

けれど、今年の夏は暑かったせいか、
その後体調の優れない日が続き、ベッドで横になっていることが多くなっていた。
「描きたいけど気力が沸かない」と、再開していた絵も手つかずのまま。

そんな中、応募作品採用見送りの連絡通知が送られてきた。
応募した3点の作品とともに、ステーション宛てに送られてきたのだ。

報告すれば、きっと彼は笑顔で「そうかぁ、残念」と答えるだろう。
けれど、今このタイミングで伝えるのは酷な気がした。

本当は、僕自身に本当のことを伝える勇気がなかっただけなのかもしれないけれど、
そう考えて、訪問中は応募した作品の話題に触れないようにしていた。

話すのは、もう少し元気が出てからにしよう....。
そうやって、その後も元気のないNさんを見る度に、
伝えることをズルズルと先延ばししていた。

やがて10月初旬になり、Nさんが体調不良で入院してしまった。
不採用通知の連絡が届いてから、一月ほどが経っていた。
そしてその後も、一度も自宅に戻らないまま、彼は病院のベッドの上で息を引き取った。
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去年、Nさんから40年間大事にしてきたカメラを見せて頂いたとき、
ちょうど忘れ物を取りに来たヘルパーさんに、
そのカメラで記念に一枚撮ってもらったことがあった。

自宅のテレビの前で笑う、奥さんとNさんと僕の3人が映っている写真。
その写真を手にしたその時も、とても嬉しそうだった。

それから数週間後、外出先で突然奥さんが倒れた。真夏の暑い日だった....。
その日以来、元気のなくなった彼を勇気づけたのは絵だった。

――OTジャーナルの表紙絵に作品を応募しよう――。

再び描き始める目標を見つけられたことが、
もう傍に見てくれる人もいなくなったのに、描く意味などない
と、考えていた彼を奮い立たせた。

気を抜けば、喪失感に飲み込まれてしまいそうになる生活の中、
白いカンヴァスと向き合い、完成させた絵。桜に染まる錦帯橋....。
最初にできた作品は、とても穏やかな明るい色使いだった。

「まだまだだけどなぁ」
一緒に喜ぶ僕に向かって、照れながら見せた彼の笑顔が今も忘れられない。


伝えられなかったこと....。_b0197735_2201044.jpg









Commented by mahorou at 2015-12-10 17:48
hiroさん、こんばんは。ご無沙汰しました。
Nさんのご冥福をお祈りします。合掌。
良かったですね。絵を描くという希望ができ笑顔になられ、
息子さんに看取られ旅立たれたこと、hiroさんのおかげだと思います。

hiroさんが勇気がなかったのではなく、
思いやりのやさしさが「言わない」という判断をされたこと。
自分も言わないでタイミングを計ったと思います。
「言えない」より「言わない」は愛ある覚悟だと信じています。

まほも、もう少し病院でリハビリお願いすることに決めました。
いつか、Nさんにお会いしたら、絵のお話ができるよう、もうひと踏ん張りしますね。
Commented by hiro-ito55 at 2015-12-15 19:46
mahorouさん、温かいコメントありがとうございます。

訪問中、一度大量に介護食(冷凍)の宅配が届いたことがありまして、
足の不自由なNさんに代わって、冷凍庫に全部詰めてあげたことがあります。
真夏の暑い日だったので、腐ってしまう前にと、10分ぐらいかけてせっせと詰め込みました。

次の訪問に遅れそうでしたが、Nさんが冷たいお茶を入れて下さり、
「こんなことまで、ありがとうな」と、お声掛けされた時の笑顔が今も思い出されます。
Nさんの笑顔は、今でも僕の宝なのです。
Commented at 2016-01-25 18:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hiro-ito55 at 2016-01-25 19:19
いつもさん、ありがとうございます。
Nさんには、僕自身も本当に充実した時間を過ごさせて頂きました。
具体的に何ができたのか、今も不確かな思いでいますが、
Nさんには、後悔のないものであったと思っていてほしいと願っています。
そして一緒に頑張れた時間は、僕にとってきっと一生忘れることのできない出来事です。
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by hiro-ito55 | 2015-12-03 22:07 | 作業療法 | Comments(4)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります。


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