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在宅での作業療法の実際

本日、研修会での発表が無事終了した。
タイトルは「在宅での作業療法の実際」。

時間の関係で、事前に準備した前半部分のみの発表となったけれど、
聞きに来て下さったケアマネさんやヘルパーさんたちに、
OTが、利用者さんのどんなところに着目してリハビリを進めているか、
それを、少しだけでも分かって頂けたように思う。

今回は、事前に利用者さんの許可も頂けていたので、
このブログでも、その内容を紹介させて頂く(長文です)。



           ――『在宅での作業療法の実際』――

病院や施設など、どの分野にもOTはいますが、
具体的に、「OTって何をやる人なの」、「作業療法をやることで、どんな効果があるの」
と、疑問を持たれる方もいらっしゃるかもしれません。

ですので、OTはどんなところに着目してリハビリを行っているのか、
僕の方から事例を上げて、少しお話させて頂きたいと思います。

まず最初の事例ですが、
病院から退院されることを機に、訪問リハが依頼された方です。


事例
・Nさん(男性)83歳 要介護3(アパート1階で奥さまとの二人暮らし)
 既往歴:脳梗塞後遺症(右不全麻痺) 胆管ガン 軽度構音障害
 ADL状況:起き上がり~端坐位までと、着替えは可能(筋力不足のため時間が掛かる)
 介助下で四点杖での短距離歩行は可能(バルーンカテーテル留置)
 他職種の介入 ⇒ ヘルパー:毎日の食事準備 全身清拭 居室の掃除 尿処理
          看護  :服薬管理 状態観察 尿処理 嚥下体操


こうして、Nさんの在宅生活が継続できるよう、
ヘルパー、看護、リハが共同して、支えていく体制がとられました。

リハとしては...、
本人の「自分の力で歩きたい」、「動けなくなるのやイヤだ」という要望を受けて、
まずは、機能訓練をしながら、基本動作能力とアパート内での移動能力の向上を図る、
という目的でOTが始まりました。

その後は、デイサービス定期利用や、
趣味活動の再開なども視野に入れながらの、介入となっていきました。

リハ開始時点では、機能訓練に対する意欲はみられましたが、
デイや趣味の再開といった、目的を持った活動に対するモチベーションは結構低かった方です。

「人と話をしたり、絵を描くことは好き」だけど、
それを上手く実現するための具体的な方法も分からないし、
本当にやれるのかどうか、その時点では、現実的な自信がなかった方です。

ここまでのことを整理しますと、以下のようになります。

ICF分類
健康状態:脳梗塞後遺症 胆管ガン 
心身機能・身体構造:右不全麻痺 筋力低下 軽度構音障害
活動:起床~歩行まで可能だが、歩行はしていない
参加:臥床しているかベッドに腰掛けてテレビを観ている
    離床するのはP-トイレ使用時
環境因子:介護力不足(奥さまが重度の認知症のため) 活動支援不足
個人因子:目的を持って離床・活動する意欲の喪失


ヘルパーさんは、毎日の食事準備、全身清拭といった支援で、
介護力不足を補うことができますし、
看護師さんは、服薬管理、状態観察といった支援で、
心身を良好に保ち、健康状態の悪化を防ぐことができます。

こういった支援が、「活動」や「参加」にも良い影響を与えていくものと思われますが、
リハとして僕が着目したのは、環境因子の中の「活動支援不足」と、
個人因子である「目的を持って離床・活動する意欲の喪失」、の2つの部分になります。

この2つの部分を補うことができれば、
活動や参加の幅が広がって、QOLが上がり、生活にハリが出てくるのではないか、
と考えました。

僕に限らず、だいたいのOTさんは、
環境因子と個人因子を改善することで、活動や参加の状態を良い方向に持っていく、
という点に着目しますが、Nさんに関しても、そういう観点からリハを進めていきました。

「動けなくなるのイヤ」「自分の力で歩きたい」という動機があったので、
機能訓練には、このように頑張って取り組んで下さいました。

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その結果、だいたいリハ開始から三か月ぐらいで、
見守りで玄関まで移動できるようになりまして、
その頃になると、本人にも少しずつ気持ちの変化が現れ始めました。

少しずつですが、
デイサービス利用について、前向きな発言が聞かれるようになったのが、
この頃からです。

「人と話をしたい」という隠れた動機がまずあって、
それが最初は「行きたいな。でも行けるかな」だったのが、
「ひょっとしたら行けるかもしれない」というふうに、心境が変化していきました。

「ICFの分類」に沿って考えてみますと、
環境因子の中の「活動支援不足」をOTが補うことで、活動や参加の幅が広がり、
個人因子である「目的を持って離床・活動する意欲の喪失の意欲の喪失」
を、少し改善することができました。

これが、初期の段階でみられた効果です。

そして、玄関まで見守りで歩けるようになったことで、
心身の活動性は上がってきたのですが....、

アパートの玄関を出るとすぐに、写真のような階段がありまして、
もし仮に、デイの定期利用が可能になったとしても、
この階段昇降の動作は、どうしても必要となってきます。

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        注):手摺りが一方にしか付いていない

ですので、玄関前までの歩行が可能になった時点で、階段昇降練習を開始しました。
Nさん自身、とっても頑張って階段昇降練習に取り組んで下さいまして、

昇りは、「左手で手摺りを掴んで、自力で体を引き上げ、二足一段で昇れる」、
下りは、「右手で手摺り、左手で杖を使って、介助者に体を支えてもらいながら、
ゆっくりと降りることができる」といったところまで、行えるようになりました。

そして、そういったここまでの細かな現状も含めて、
ケアマネさんに現状を報告したところ、早速、デイと連絡を取って下さいまして、
デイの方から、昇降介助を送迎スタッフで行うので、一度お試しで来て下さい
という返事も頂けました。

その後、一度実際にお試しでデイを利用したときに、
スタッフの介助に安心できたという感想を持つことができまして、
そこから、支援開始から凡そ6か月で、無事デイサービス利用へと、
結び付けることができました。

.....、これでまたひとつ、活動の幅を広げることができました。


また、デイの定期利用が可能になると、
Nさん自身から、趣味の絵画について語って下さることが多くなりまして、
「ボチボチ描いてみようかなぁ」という発言も、聞かれるようになりました。

部屋には、Nさんが描いた絵や撮った写真が飾ってあります....。

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アルバムに収められたものや、壁に飾られたものを見ると、
今までに恐らく、1000枚以上の絵は描かれてきたと思われます。
でも病気になって、身体が不自由になってからは気力がなくなり、
描くことをぱったりと止めていました。

それでも、絵の具や筆といった画材道具、白紙の色紙やカメラなどは、
今でも大切に保管されていました。

絵自体もお上手なんですけど、
Nさんは、描いた絵を人に見てもらうことが、とても嬉しい方です。
今までも、描いた絵のほとんどは他人にあげています。
リハ中にもアルバムに収められた絵の写真を見せてくれることが、何度もありました。

ですので、問題は、「ボチボチ絵を描いてみようかな」、と思うようになった、
そういうNさんの活動意欲を「人に喜んでもらえるような活動へと結び付けていく」、
そのための上手い方法が、あるかどうかということでした。

そして、ひとつ思いついたのが、
OTジャーナルという機関誌(全国紙)の表紙に応募することでした。

OTジャーナルは、利用者さんや患者さんの描かれた絵を、毎号表紙に採用しています。
これを実際に本人にも見て頂き、お話もさせて頂いたところ、興味は持たれましたが、
「やっぱりまだ、昔のように上手く描けるか、自信がない」という返事でした。

ですので、
まずは、雑誌の写真を模写することから始めてみては、と提案しました。

その時にその話と合わせて、
「描いた絵を見せるのは、僕と訪問に入っている看護師さんだけ」
という約束もしました。

幸いにも、「まあ、それならいいよ」と言って下さったので、
早速Nさんと一緒に、リハの合間に写真を選ぶ作業に取り掛かりました。

で、いくつか気に入った写真を選んで頂きまして、
そこから、本当に何年ぶりかの絵を、少しずつですが、描いていかれました。

そこからだいたい一か月後...。
1枚の絵が完成しました。
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完成作品がとても立派なものであることに、僕自身もびっくりしたのですが、
訪問に入っている看護師さんにも見て頂いたところ、
「Nさん、こんなに上手に描けるんだ」と、たいへん驚いていました。

そして、その感想を本人にお伝えしたところ、とても喜んで下さいまして、
そこからさらに、3枚ぐらいの絵を描いて頂きました。

そしてその後、改めて応募に向けて描いてみては、とお話させて頂きましたところ、
良い返事が頂けましたので、そこからOTジャーナル表紙絵応募に向けて、
描いて頂けるようになりました。

途中、閉塞性黄疸や脱水の治療のために入院して、何度か活動が中断しましたが、
3枚の絵を、5か月ほどかけて丁寧に描き上げることができました。

そして先月、僕が責任を持って、出版元の三輪書店に作品を送付させて頂きました。
もし採用されれば、来年のOTジャーナルの表紙になりますので、
今からNさんも、それをとても楽しみにしています。

絵を描き上げて下さったその後は、デイの方でも絵手紙を描いて下さっていまして、
継続的に絵を描くことを、続けていらっしゃいます。


訪問させて頂いているリハの時間だけでは、正直やれることには限界がありますので、
こうやって、Nさん自身が自主的に活動して頂けるようになったことで、
楽しみだって続けられるし、生活の質を変えることができる、

その結果の喜びを、Nさんを含めたみんなで共有することができたこと、
それが、チーム医療で支えることの意味のひとつでもある、と感じました。


まとめ
今回ご紹介させて頂いたのは、ほんの一例にすぎませんが、
利用者様に生活にハリを持って頂き、生きがいを感じて頂いたり、
或いは、QOLを上げて生活を支え、希望を持って過ごしていただけるようサポートし、
その人らしく生活できることを支援していくのも、チーム医療の中でのOTの役割です。

ですから、リハビリを行って、単に身体機能が向上したというだけではなく、
他職種の方と情報を共有しながら、連携していくことが重要なのだと感じています。

そして、その結果の喜びを、利用者様を含めたみんなで共有できるということも、
チーム医療で関わることの効果になるのだと思います。

OTは、利用者様の抱える問題点をこのような形で捉えて、
それを改善していくためのよい方法を、一緒に考えていく職種ですので、
利用者様のことで何かお困りのことがありましたら、何でもご相談下さい。

ご清聴ありがとうございました。

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by hiro-ito55 | 2015-07-14 22:21 | 作業療法 | Comments(0)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります。


by いとちゅー