Humanity


訪問のたびに、妻の前で強がる人がいる。
できるのにやらないと愚痴れば、お前の介護がいけないんだと悪態をつく人がいる。
動けない自分が嫌だから、お前なんかもう来なくていいと言い放つ人がいる。

そうして気に入らないことは、いつも家族や誰かのせいにする。

でも、どんなに憎まれ口を叩いても、
向き合っているのは、「夫の障害」や「母の認知症」ではなく、
「障害を抱えた夫」や「年老いた母」だとしたら....。
目の前にいるその人は、いつも誰かにとって大切な人。

だから、本気で怒ったり責めたり愚痴ったり。
そうして後で悔んでしまっても、そこにはみんな人間らしさが宿っている。

それに触れる僕らにだって、人間くささが見え隠れ。
ともに泣いたり悔んだり。たまには一緒に笑ったり。

二度と繰り返すことのない瞬間の、全てが喜びではないけれど、
ともに何かを探している、その姿はいつも個性的。

妻や息子が気に入らない。自分の不甲斐なさが許せない。
その気持ちももみんな、一緒に生きているからこそのもの。

愚痴や不満も引き出して、ぶつける相手が僕ならば、
それを受け取る瞬間は、きっと人間らしくなっている。

一緒に何かをする限り、人と思えなくなったらお仕舞いだ。



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Commented at 2015-01-28 18:47 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by hiro-ito55 at 2015-01-29 19:22
ぬか床さん、こんばんは(^o^)。
いつも共感して頂いて、ありがとうございます。

人間らしさって、人それぞれ。科学のように便利な法則なんてないのだから、それぞれが感じるように知る、その無私のような姿勢を大切にすればいいのだと思います。
僕の場合は作業療法士ですから、そこから自分にできることを見つけ、治療に繋げていく。
それが、接する僕個人の個性の発露で、そこに人間らしさがある。そんなふうに思います。
by hiro-ito55 | 2015-01-26 17:59 | 医療・福祉・対人支援 | Comments(2)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります


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