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セルフエフィカシー


「(病気になってから)Nさん、初めて心から笑えるようになったって言ってたよ。」
そう、担当の看護師から聞かされたとき、僕はとても嬉しかった。


右半身麻痺のNさんは、重度の認知症を抱える奥さまと、
築40年のアパートで二人暮らしをされている。

以前は、他の事業所から訪問看護とリハビリを受けていたけど、
担当との関係が上手くいかなくなり、3か月前の入退院を切っ掛けに依頼を受けた。

中断していたデイサービスの利用を、入浴目的で再開する方向でリハビリもスタート。
機能訓練をする中で、Nさんの一番の自信になったのは、
やはり、居室から玄関先まで歩いて行けたことだと思う。

今も、麻痺側の靴の着脱には介助が必要だけど、
それでも、手摺りに捉まりながら立って行えるし、
玄関先の階段も、手摺りと杖を使いながら昇り降りすることができる。

これなら自分の力で送迎車に乗って、デイサービスにも行ける。
僕はそう確信したのだけれど、その喜びをNさんと分かち合えたことが、
彼自身の、セルフエフィカシーを高めることにも繋がったように思う。


そしてそれには、もうひとつのエピソードがある。
健康だった頃は、長年写真や絵を嗜んできたようで、
お部屋には水墨画、花や山の水彩画、風景写真と、
Nさん自身の作品が、所狭しと綺麗に額縁に収められている。

リハビリをしながら、いつも色々な話をしているけれど、
自然に最後は、絵に関する話題になってしまう。


あるとき、僕は思い切ってNさんに尋ねてみた。
「絵を、もう一度描いてみる気はないですか。」と。

そしたらNさんは、テレビの下の棚を指さして、
描く自信はないけど、色紙や絵の具ならいっぱいあると教えてくれた。

だから僕は次の訪問のときに、
Nさんの出身地の、九州の風景写真がいっぱい収められた雑誌を持っていった。
外に出て絵を描くことができないなら、せめて写真を基に描いてみてはどうか。

そう話すとNさんは、
笑顔で「ああ...、やってみようか。」と答えてくれた。
一枚の絵が完成するのを、僕が何よりも待ち望んでいるのだと伝えると、
Nさんは、黙ってただニコニコと笑っていた。


次の訪問のときには、
鉛筆で丁寧に下書きされた、高千穂の瀧の絵を見ることができた。

そしてそんなときだった。
Nさんの言葉を、担当の看護師から聞かされたのは。


朝起きて、
お弁当屋さんが届けてくれたお弁当を食べながら、テレビを視る。
昼も夜もただテレビの前で座って、同じように続く毎日...。
そんな、どこにでもあるような単調な生活。

そこに色を付けていけるのは、もちろん彼自身だと思う。
僕は、それがNさん自身の色になっていくように、
僕自身のできることと向き合っていく。

支援者と被支援者という役割を通して、
そういう関わり方をしていけるなら、それはとても素敵なことだと思う。


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by hiro-ito55 | 2014-06-16 20:19 | 作業療法 | Comments(0)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります。


by いとちゅー