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割り箸とトイレットペーパー

最近(でもないか)、
「マイ箸」 を持参して割り箸を使用しないようにしよう
という風潮がありますね。

たまにNHKでも朝のニュースの中で取り上げているのを見かけます。

理由は、その方が 「エコ」 だからだそうで、
「割り箸を使用するのは、森林伐採を推し進める要因のひとつである」
というのが、その大義のようです。

また、これとは別に、
日本のトイレットペーパーの 「白さ」 について、
西洋人(ドイツ人など)から問題視されることがあるそうです。

現在、日本で一般に普及しているトイレットペーパーの色は、「真っ白」です。

しかし、再生紙を使用するのが一般的な外国の方から見れば、
この真っ白な日本のトイレットペーパーは、
資源を無駄使いしている象徴のように映るそうなのです。

しかし、このような
日本人の 「割り箸」 と 「真っ白なトイレットペーパー」 の使用について、

「エコ」 という一面的な側面からのみで、
その価値全体を判断しきれるものであろうか

というのが今回のお題です。


物事には、どうしても 「割り切れない部分」 というものがあります。

そして、それが 「文化」 の土壌となっていることも世の中にはあります。

例えば、日本には伝統的に 『「白」は清める』 
という意味や信仰が関わっているという事実があります。

これは、再生利用という
実用的な部分からでは判断の及ばない側面であると言えます。

「実用性という価値観では割り切れない部分」 と言ってもよいものです。


そしてもうひとつ、日本人の清潔感との関係を考えてみます。

例えば、家庭において、
フォークやナイフを自分専用の食器として使っている人、

つまり洋式食器の 「マイフォーク」 や 「マイナイフ」 
を持っている人は珍しいでしょう。

「おひとり様暮らし」 をしている人は別ですけど...

しかし、箸や茶碗に関しては、
家庭では 「自分のはこれです」 と、
決まっているのが通常ではないでしょうか。

たとえお父ちゃんのこの箸は、洗剤できれいに洗って
ナノレベルまで完璧にきれいにしたから、
娘のお前が使用しても清潔です、

と父親がいくら熱心に説明しても、
何となく使うのは嫌なものだと感じるでしょうね。

というか、熱心に説明する程、
お父さま方は娘の逆鱗に触れて、
逆ギレされる危険に晒されそうです。

これはつまり、
他人の使った箸は物理的には汚れていなくても、
そこに嫌悪感を感じる
ということを示しており、

言うなればこれは、「清潔感という感性の問題」 なのです。

飲食店などでマイ箸を持参する人には、
いわゆるエコ意識と呼ばれるものに、
このような日本人の感性が結びついているように思われます。


また、実用性という側面から見ても、
現在、日本では広く 「皆伐」 が行なわれていますが、

木を伐るのには本来、「伐り旬」 と呼ばれる時期があります。

江戸時代の日本では、
木の育て方や材木としての利用方法の知恵の蓄積といった林業思想が、
世界中で最も進んでいたと言われていますが、

その際に出た 「廃材」 を利用して、
割り箸は使われていたそうです。

ところが、明治になって
外国との経済貿易の必要性が重要になると、

日本でも森林を伐採し、
産業を推し進めなくてはならなくなり、

次第に 「皆伐」 の規模は広まっていきました。

現在、割り箸の使用が問題視されるのは、
往々にしてこの 「皆伐」 という方法で、
割り箸が大量に生産されていることによるものです。

しかし、それでもなお総合的に判断して、
割り箸を使用することが無駄な使い方だというならば、

使った後に燃料として使用するなど、
再利用法も考慮するべきかもしれません。

現に、ウィスキーの樽などは、
使わなくなった後に、丸みを延ばして 
「床材」として使用する技術が研究されているそうです。




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by hiro-ito55 | 2010-09-06 20:36 | 哲学・考え方 | Comments(0)

作業療法士です。日頃考えていることを綴ります。


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